マコと別れAGEHAに戻ってまもなく、ドア越しに「泰輔、いる?」と声がした。
悶々とタバコをふかしていた俺は慌てて灰皿にそれを押しつけると、ドアを開けた。
「どうぞ」
その若者はズボンのポケットに両手を突っ込んで、中に入るなり顔をしかめた。
「タバコは身体に毒だってあれほど言ってるのにやめないんだね」
「すみません」
笑いながら窓を開けるも、すぐ目の前まで隣のビルが迫っていて風なんて通るはずもない。
「それよりどうなさったんですか。珍しいですね、ここにいらっしゃるなんて」
「通りがかったもんだから」
そう言って、彼はソファーに身を委ねる。
鶴崎家の一人息子、健吾さん。
「何か飲まれますか?」そんな俺の問いには答えず、彼は言った。
「あんたは硬派なのかと思ってたけど、案外大胆なんだね。びっくりしたよ」
「はい?」
「隠さなくてもいいって。見ちゃったんだ、そこの角でさ」
マコといるところを見られてたのか。
しかも、別れを決意した日に限って。
「参りましたね」と頭をかく俺に、健吾さんは続ける。
「彼女、若いよね。俺とそんなに年も違わないんじゃない?」
「ええ、そうですね。明日で23になるそうです」
「だろ?しかも明日で?泰輔はもう30を過ぎてるよね。そんな子に手を出すなんて犯罪だよ、犯罪」
「手厳しいご意見で」
「何かあげるの?彼女に。花でも贈れば?」
花か…最後にそれくらいしても、悪くはないな。
「そうですね、考えておきます。ところで、坊ちゃ…いえ健吾さんはおいくつになられたんでしたっけ」
「21」
ああ、もうそんな年か。
「俺が世話役だった頃は、まだ小学生でしたよね」
「やめてよ、そんな昔話は」
「いやいや感慨深いものがありますよ、こんなにご立派になられて」
冗談めかしてそう言うと、彼はソファーから身体を起こした。
昔からポーカーフェイスの達人で、若い衆の間では「ガキのくせに何を考えているかわからない」と陰で言われていたくらいだ。
「あの時泰輔があんなこと言ってくれなきゃ、俺は自殺してたと思う」
「まさか」
「マジだよ。でもショックだった。あんた、俺のことをおまえ呼ばわりして泣かせたし」
「いやぁ、それはできることなら忘れていただきたい」
「無理」
顔を見合わせた俺たちは、思わず噴き出した。
「あーあ、いつかあんたを直人から取り戻したいな」
再びソファーに身を沈めた彼は、ため息混じりにそう言った。
だが、俺は聞こえなかったふりをして、タンブラーに酒をついだ。


