その日、彼はアパートの前まで車をつけてくれた。
あれからも相変わらず無口なまま。
「来週の金曜日、Yesterdayに来れそう?」
「来週の金曜か…何かあるのか」
「私の誕生日なの。マスターがちょっとしたパーティをしてくれるから」
泰兄は少し考えた後、こう言った。
「週末だからな、無理かもしれない。期待しないでくれ」
そうよね…金曜日はどこのバーでもクラブでも人が多いものね。
「いいの、気にしないで。訊いてみただけだから」
「最近忙しいんだ。だから、これまでのように会えるかもわからない」
「え…」
明け方の、あのほんの少しの時間さえも割けないくらいに忙しいの?
やっぱり泰兄、変…
今まで「忙しい」なんて言い方したことなかった。
「…そう、わかったわ」
「すまない」
何で謝るの?
嫌な予感が胸に広がってゆく。
「…また連絡くれる?」
恐る恐る訊く私。
さっきの両親の話が原因?
少し時間をおいてから「ああ、連絡する」と彼は静かに答えた。
車を降りた私は、錆びた階段を悶々とした気持ちで上がった。
「あのこと」、話さなければよかった。
後悔してももう遅い。
どうして彼ならわかってくれるなんて思ったのかしら。
完全に舞い上がってた、私。
誰だってひくわよ、こんな過去のある女なんて。
普通なら関わりたくないはず。
きっと彼だって思うわ、「面倒くさい」って。
不安と絶望。
上から見下ろした彼の車は、まだ動く気配がない。
運転席に座る彼を見て、私はその不安が的中したように思えてならなかった。
だって泰兄は…
ハンドルにうつぶせたまま、拳で何度も何度も自分の足を打っていたから。
やるせなさそうに、何度も何度も…
まるで私との再会を悔いているようにさえ見えた。
でも、その時私は知らなかったの。
あなたが私をあきらめようと、ひとり苦しんでいたことを…


