~片桐真琴~
結局、天宮先生の入院の理由は教えてはもらえなかった。
「夏バテだ、もう年だからな」と笑っていたけれど、そうは思えない。
診療所の辻本先生との会話も気になる。
「今夜、みんなで星を見るんだ。おまえたちも久々にどうだ?」
そんな先生の誘いに、泰兄は「帰るぞ」と私の腕を強く引っ張った。
さっさと車に乗り込んでいく彼。
浜辺で先生とふたりで話をしていたみたいだったけど、それから泰兄の様子が変…
強ばった顔つきで帰ってきたもの。
先生と何かあったの?
助手席に乗り込み、シートベルトをしめながら「先生、また来ます。お大事に」というのがやっとだった。
車はたちまち急発進。
荒々しい運転に驚いて、私は思わず彼の横顔を見た。
目が尖ってる。
話しかけようにも、それが憚られるくらいの硬い表情。
一言も発しないまま、彼はハンドルを握り続けた。
誰もいない海岸まで来ると、泰兄は車を止めてようやく口を開いた。
「少し風に当たってくる」
そう言って、ひとり車を降りる。
私も気になって後を追った。
先を歩く彼の背中を見つめながら、上着に砂がついているのに気付いた。
そっと払うと、それに気付いた彼は私に向き直り髪を撫でてくれた。
遠くで、遊びに来ていた家族連れが帰る準備をしている。
「ひとつ訊いてもいいか」
「ええ」
「おまえの両親はなぜ亡くなったんだ」
「どうしたの、急に」
「いや、ちょっと気になっただけだ。言いたくなければ、言わなくていい」
そう言えば、話したことなかったわね。
でもどうしたの?
なぜ、あなたがそんな悲しい顔をするの?
「変なことを訊いてすまなかった、忘れてくれ」
私から目をそらすと、彼は背を向けた。
翳りのある後ろ姿。
それを見て思ったの。
彼になら話せるって。
他の人たちのように、私の目の前からいなくなったりはしない、きっと理解してくれるって。
泰兄の横に並ぶと、私は努めて明るく言った。
「私の両親はね、殺されたの」
それから自分でも驚くくらい、冷静に話をしていた。
私たち家族に起こった、あまりに突然で理不尽な出来事を。
それを彼は目を固く閉ざしたまま聞いていた。
話すにつれて苦しげに歪んでゆくその横顔に、私の胸は痛くなる。
私のために悲しんでくれている、そう思ったの。
だから触れずにはいられなかった。
そっと彼の手を握る。
「泰兄?」
何度か大きく息をした彼は、ゆっくりと私を見た。
あまりに憂いを帯びたその瞳が、ますます私の胸を刺す。


