「直人さんもああやってしごかれたんですか?」
痛む尻に顔をひきつらせながら運転席から訊ねると、彼は呼んでいた本をパタン、と閉じた。
「俺は前についていた兄貴にしごかれたな。手を挙げることはなかったが、筋の通らないことをすると視線で殴られるって言うのかな、ゾクッとするような目でにらまれた」
亮二さん…ですか?
そう訊こうとしてやめた。
直人さんの目が遠くを、果てしなく遠くを見ていたから。
目で相手を制する人、亮二さんという人はすごい人だったんだ、若い俺は漠然とあこがれに近いものを持っていた。
もし彼と出会っていたのなら、迷わずついていっただろう、そんな空想すらもした。
会ってみたかった、その亮二さんに。
だけど、身近にかっこいい人がいたんだ。
俺がそう思ったのは、それから数日後だった。
もともと鶴崎親分は女癖が悪く、ルリ姐さんとはよくもめていた。
しかしその日は、姐さんが木刀を持ち出すまでの大げんかとなった。
俺たち若い衆もオロオロするばかりで、誰も間に入っていく勇気なんてない。
そこに連絡を受けて駆けつけた直人さんは、部屋に入って来るなり組長をかばうように膝を折って姐さんに頭を下げた。
「姐さんに非がないことは俺たち全員わかっております。姐さんが組長や俺たちのために、どれほど心を砕いてくださっているか、そのこともよくわかっています」
しん、とする中、身動き一つすることさえできない緊張感。
「姐さん、でもどうか今回は俺たちに免じて許していただけないでしょうか。組長には今後このようなことをなさいませんよう、俺たちがずっとついてまわります。ですからどうか…」
ルリ姐さんはそんな直人さんを前に、しぶしぶ振り上げた手を下ろした。
浩介さんが言ってた意味がわかった気がする。
俺は、直人さんについてきてよかった。
これからも彼のそばを離れない、そう決めた。
それからまもなくのことだった。
鶴崎組長の進言もあり、直人さんが組を持つことが許されたのは。
橘組の誕生だ。
当然、俺は直人さんのもとで新たなスタートを切った。
そして今現在に至っている…


