「直ったぞー。請求書は直人のとこに回しておくからな、なんちゃって。今日はサービスだ」
浩介さんが後ろ手にドアを閉めながら、事務所に入ってきた。
「よう、亮介。遊んでもらってたのか」
「父ちゃん、泰輔ダメだよ、ズルいんだ。やっつけても倒れないんだ」と涙声で訴える。
「おまえなぁ、子ども相手に本気になんなよ」
浩介さんが、俺の頭を軽くはたいた。
「すみません」
「あー喉渇いた」
そう言って冷蔵庫をのぞきこむ彼の背中に、俺は声をかけた。
「実はお話があるんですが、お時間をとっていただけないでしょうか」
その言葉に振り向いた浩介さんは、話の内容に心あたりがあったのだろう、今まで見たことがないほどの真剣な顔をしていた。
俺は直人さんに言われたことを打ち明けた。
浩介さんはスプリングのきしむソファーにもたれたまま、目を閉じていたが、「結局はおまえ次第だろ」と静かに言った。
それはわかってる。
だけど…
「直人さんがどういう人なのか、いまいちよくわからないんです。ついてっていいものなのか判断するには材料が少なすぎて」
身を乗り出した俺に、浩介さんは「慎重だな」と大きく息を吐いた。
「直人は、あいつは間違いなくいい男だ。俺が保証する」
「保証するって…」
そんなこと言われても、俺にはわからない。
いくら彼が幼なじみだとは言え、たったそれだけの言葉に「はい、そうですか」と納得なんてできない。
俺の人生がかかってるんだ。
「あいつの左手の小指がないのは知ってるな」
「はい」
「あれは俺のために落としたんだ」
その内容は衝撃的だった。
浩介さんもかつては圭条会の組員で、直人さんと同じ人についていたらしい。
その人に一生ついていく、ふたりでそう誓っていたのに、その兄貴が不幸な形で突然亡くなった。
家族を亡くした以上のショックで、浩介さんは圭条会に残る意味を見いだせず、カタギに戻ることを決めた。
だが、一度は足を踏み入れた極道の世界。
抜けることは簡単じゃない。
それなりの「ケジメ」が必要だった。
「組を抜けるって決めた時、直人が言ったんだ。カタギになるには指は10本あったほうがいいって。俺はここに残るから1本くらいなくなっても支障はないって。それであいつは俺の代わりに指を落として、上層部に差し出してくれた。申し訳なくて泣く俺に言うんだ、かっこつけてさ。亮二さんならこうした、ってな」
「亮二さん?」


