ここで「超最悪」なことが起こった。
泰兄が今夜に限ってやって来たから。
お兄ちゃんも彼を見て「また会えてよかった」なんて言ってたけど、顔が少し強ばってた。
泰兄はというと、お兄ちゃんの隣に座って珍しくビールを頼んで、その1杯を時間をかけて飲む。
まるで森さんとお兄ちゃんの会話をじっと聞いているよう。
でも私と目が合うと、いつものように口元だけを緩めてから再び視線をグラスに落とす。
そんな仕草が私は好き。
好きで好きでたまらない。
「ね、ね、真琴ちゃん。こんなトロくさい兄貴でうんざりしない?」
森さんが泰兄を見つめる私に話しかけてきた。
「いいえ、そんなこと一度も思ったことありませんけど」
ちょっとムッとしたけれど、なんとか我慢した。
にらんでしまいそうなので、あえて手作業をして森さんを見ないようにする。
「マジで?俺はさぁ、コイツ見てるとイライラしちゃってさ。お人好しを通り越して、ただのバカだよ」
なんですって?
お兄ちゃんは笑いながら、グラスを口に運ぶ。
聞き流すのが一番、そう思ってるに違いない。
「俺なんてこの歳でチーフって呼ばれてさぁ。なのになんだよ、おまえは。後輩にも抜かされそうじゃん」
ちょっと…
どうしてあなたにそこまでお兄ちゃんが言われなきゃいけないわけ?
さんざんお兄ちゃんのこと利用したくせに!
「勇作、おまえは万年ローカル記者だな」
いい加減にして!
もう黙っていられなかった。
「あの…!」
口を開いた瞬間、グラスの倒れる音がした。
そちらに目をやると、「すまない、手が滑った」と泰兄が申し訳なさそうに両手を挙げていた。
彼の周りは泡だったビールの海。
「すぐに片付けますね」
私はダスターとタオルを持ってカウンターを回った。
「服は濡れてない?」
「ああ、大丈夫だ」
タオルを受け取った泰兄は、カウンターを拭く私に低い声でたしなめるように言った。
「酒の席だ、大目に見てやれ」
森さんのことだってすぐにわかった。
私が言い返そうとするのを察知して、わざとグラスを倒したの?
納得のいかない顔で彼を見ると、「な?」と言わんばかりに頷く。


