「…会いたかったの」
「何だって?」
「会いたかったの」
今度ははっきりとそう聞こえた。
「何度も何度も帰ろうとしたんだけど…」
彼女は溢れる涙を見せまいと、隠すように両手で顔を覆った。
「よかった、待ってて…」
その小刻みに震える肩が、あまりにもはかなげだった。
「よかった…」
「おまえ…」
俺に会うために、こんな冷たい雨の中を待ってたのか?
傘もささずに?
マコの波打つ黒髪には、何百もの小さな雨のしずくが、まるで小さな真珠のように淡い光を放っていた。
「ごめんなさい、顔を見たらなんだかホッとしちゃって。仕事の邪魔だったわね、帰るわ」
微かに笑って前髪をかきあげる。
白い街灯が、彼女の濡れたまつげの陰を頬に作っていた。
「じゃあ…」
「待て」
俺は反射的に呼び止めていた。
「傘、ないんだろ。持っていけ」
「ありがと…」
傘を差し出した俺の手と、伸ばしかけたマコの指が一瞬だが触れた。
でも俺にはそれで充分だった。
この女を愛しいと思った。
俺のものにしたいとさえ思った。
触れた手を荒々しく掴んで引き寄せると、俺は彼女を強く強く抱きしめていた。
開いたままの傘が風にあおられ、アスファルトに落ちてゆく。
「泰兄…」
胸元から見上げるマコ。
その切なげな瞳に我を忘れ、俺は無言でその唇を奪った…


