時は今




 家庭科室で針を動かし始めた雛子は、縫い始めて幾らも経たないうちに針で自分の指を刺してしまった。

「痛…っ」

 ダメだ。イライラしている。

 雛子の感情の浮き沈みの激しさぶりに、男子たちが「今日あの日なんじゃないの」とか、ひそひそ話していたこともある。

 女の機嫌が悪ければ「あの日」のひとことで片付けておけばいいとでも思ってるんだろうか。女を何だと思っているのか。

 黙ってニコニコしていればいいとか、何て都合のいい。

 大きく息を吐き出した後、雛子はまた根気強く縫い物を始める。

 根は努力家なのだ。

「──高遠さん」

 不意に声がした。

 雛子は家庭科室の出入り口を見て、呆然とする。

「…四季くん」

 あり得なかった。

 何故四季が。

 つい今しがた「期待を持たせないで」と言い放ってきたばかりだというのに。

「高遠さん、いつも言いっ放しで行ってしまうから」

「言いっ放し?」

「相手に言葉を挟む余地を与えないのは、僕みたいに急には要領よく話せない人間には、どうしていつも言われっ放しなんだろうって意志疎通が一方通行で止まってて、消化不良の気持ちになる」

 雛子は四季の言葉を理解して、幾分落ち着いた気持ちになる。

「それは悪かったわ」

「期待を持たせるために来たわけではないよ」

「わかってるわよ。四季くん、気分悪い?」

 立っている四季の表情が疲れているように見えて、雛子はそう言った。

 四季は雛子が思ったよりきつい調子ではないことと、意外に自然に会話が出来ていることに、気持ちが和らいでいた。

「…少し」

「座って。話があるんでしょ」

 四季は雛子の隣りに来ると、椅子にかけた。

 雛子は、あらためて四季の姿をまじまじと見てしまう。

 由貴とはそんなに身長は変わらないのに、やはり四季の方は全体的に細い印象を受ける。

 小学生の頃の四季も今の四季をそのまま幼くしたような感じだ。

 川に落ちたヴァイオリンのケースを拾ってくれた少年──。

 四季の手の傷は、その時のものだ。

 川は浅瀬で、四季が立っていても身体までは浸からないくらいの深さだった。

 そんなところに落ちたものを拾ってくれる人がいるとは思っていなかったから、雛子は驚いた。