「こんな時間まで居残らせて、おまえに万が一のことがあったら、あいつが嫌がるんだよ」
あいつ、とは、眼鏡をかけているほうのヨウ先生のことで間違いないだろう。
おかしなやりとりだな、と頭の片隅で思ったけれど、先生はこれを当たり前のこととして、そうやって、ずっと生きてきたのだ。
そう思うと、どうしても、オカシイという一言は口にできなかった。
「……でも、そんな」
口ごもったのは、ありがたい提案を受け入れたいという気持ちと、そんな恐れ多いことはやはり断るべきかという迷いの、ちょうど狭間にいたからだった。
けれど先生は、わたしの顔を見て違う解釈をしたのか、なにか推し量るように、納得したように、2回うなずいた。
「悪いが、これからしばらくのあいだ、おまえの大好きなヨウ先生は寝たまんまだよ。だから送るっつっても俺になるし、べつに無理にとは言わねえよ。もしかしたらおまえにとっては俺のほうが、そのへんの不審者なんかよりよっぽどやばいやつかもしれねえもんな」
ジョークのように言いながら、先生は手元のメモ帳にさらさらなにか書いた。
「かわりに、これだけ、持ってけ」
差し出されているのは、うすい水色の、正方形のポストイット。
それがいきなり、べたり、とオデコにひっついた。
「なっ……!」
「なんかあったらすぐに連絡しろ」
命令口調、わたしの知っているもうひとりのヨウ先生が、絶対に使わない言葉。
それなのに、どうしていま、彼のうしろに、別の彼が重なって見えてしまったのだろう。



