「……入らないんですか?」
開け放たれた引き戸の、あっち側と、こっち側。
立ちすくむわたしをふり返り、ヨウ先生が小さく首をかしげた。
「あっ……いえ、入ります!」
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「べつに怖くなんかないです!」
それは、これまで踏み出したどんな一歩よりも、勇気のいる、そしてなにか大きな意味を持った、一歩だった。
「はじめに言っておきますが、僕は可愛い生徒のことを取って食ってしまおう、なんて微塵も思っていません」
書類や資料がぎっしり詰まった、大きな棚へ歩を進めながら、先生はきっぱりと言った。
「え……」
「さて、野村さん、まずはファイルの整理からお願いしましょうか」
「ええっ」
「すべてに番号が振ってあるはずなので、順番通りに並べてください。できますね?」
きっと困惑を隠せていないはずのわたしの目前に、かまわず先生は、ファイルの山を次々と作り上げていく。
「ほ……ほんとに、片づけを……?」
「手伝うと言ってくれたのは野村さんのほうではなかったですか?」
それは、その通りだけど。
化学準備室には、いま、ふたりきり。
これからの時間、ほかの誰かがわざわざこの場所を訪れることもないだろう。
こんないろいろと絶好(?)のチャンス(?)に、くそまじめに、本当に片づけをするというの。



