「麻里香、俺はもう、おまえが泣いてても、間違ったとしても、どうにもしてやれない」
マンションの前で待っていた少し季節外れの水色のコートに、俺は指一本触れないで、そう言った。
「そんなに……あのコが大事?」
「そうだ」
「いいの? 陽平先生の人生に巻きこんで」
「それ相応の責任はとる」
「わたしが学校に、教育委員会に、全部バラしちゃったら、陽平先生、どうなるかわかってる?」
本当の脅迫はこうやってやるのだと、下手くそなそれしかできないあいつに聞かせてやりたいよ。
やっぱり、麻里香に、俺は必要なさそうだな。
きっと強かに、上手に、生きていける。自分のことは自分で守っていける。
「教師は辞めるよ」
俺はきっぱりと言った。
「べつにおまえが俺の人生を滅茶苦茶にしようと責めたりしない。もともと、こんなもん、最初っから滅茶苦茶だしな」
「……なに、それ」
「でも、あんまり、あいつのことはいじめないでやってくれ」
さんざん巻きこんでおいてよく言う、と、我ながら思う。
「大事に思ってるんだ」
たとえ、もう、この手のなかに戻ってこないとしても。
彼女が、ほかの誰かを選ぶのだとしても。
それでも、俺は、きのうより少しでもマシな何者かでありたいのだ。



