俺は、かつて弟に嫉妬していたように、彼女に対してもそういう感情を抱きつつあったのかもしれない。
最初は完全なる同情だった。
力になってやりたいとか、手を差し伸べたいとか、そういう綺麗な感情でなく、ただ、可哀想だ、と。
俺の顔色さえうかがっていた臆病な心と、俺のなかの同じような部分が、共鳴してしまったのだと思う。
それが、いつからだろう、置いてけぼりになっていたのはきっと俺のほうだった。
俺は彼女の望むような人間になれなかった。
俺は、弱い人間だ。
品行方正、まじめで穏やかな自分と、欲望にのみ従って生きていく自分。
実家に帰って父親と顔を合わせるたび、麻里香と一緒に過ごした時間の分、いつのまにかどちらかを本物だとも、偽物だとも、思えなくなり、ただ淡々とふたつの人格を飼い慣らしながら教壇に立ち続けた。
昼間、穏やかな自分として生徒と関わった分だけ、夜は粗暴な自分で飲み歩いたりした。適当な女と適当に寝たこともある。
それで、俺のほうはいくらか気分が晴れたが、もうひとりのほうはそれがストレスになっていたりもする。
なんとも不便な体。
それでも、どちらかひとりが消滅してしまうことのほうが、いまとなっては言いようのない恐怖である気がした。
そうして新たに赴任となった高校、その2年目の秋に、
――野村千笑に見つかった。



