それからのことはあまり覚えていない。
ただなんとなく車に揺られながら、なんとなく家に到着したのを認識して、なんとなく車を降りたと思う。
「――千笑」
門を引っぱって開けようとしたとき、うしろから、名前を呼ばれた。
「え……」
そう、名前で呼ばれたから、本当に驚いた。
反射的にふり返ってしまう。
運転席から手招きをされている。
複雑な気持ちなのはたしかなのに、そうされると拒否なんてできるわけもなく、近寄ると、優しい力で耳たぶを引き寄せられた。
「電話するから、早々に寝るなよ」
たぶん彼女には聞こえない音量だった。
ただ、それだけで、そんな内緒話みたいなことだけで、電話する、そんな言葉だけで、泣きそうになってしまう。



