純情、恋情、にぶんのいち!



おずおず、後部座席に乗りこむと、彼女のほうからこちらに話しかけてきたので面食らった。


「本当に、ごめんね」

「えっ!」

「もう遅い時間だし、まさか生徒さんと一緒にいるなんて思わなくて……。わたし、暴走すると周りが見えなくなっちゃうんだよね、昔から」


ごめんね、ともう一度こぼした彼女が、体ごとぐるりとこっちをふり向いた。


「わたし、田辺(たなべ)麻里香といいます。陽平先生の昔の生徒……って言ってもいいのかな? ちょっと違う?」


問われた先生が「半分正解で半分違う」と答える。

とても優しい口調だった。
そのことに、また、すごく、こわいと思ってしまった。


「麻里香は大学のときの教育実習先の生徒だよ。だからこいつは俺のこと『先生』って呼ぶけど、あのときは俺も免許のない学生だったから、正確には俺の生徒ではないな」


言いながら、先生の左手がエンジンをかける。
彼女が「そっかあ」と笑う。

数秒後にゆるゆると発進し始めた車体、その後部座席でシートベルトに拘束されて、うしろからふたりの様子を眺めながら、あとどれくらいの時間これが続くのだろうと気が遠くなった。


「ね、名前、なんていうの?」

「わたし、ですか」

「うん」

「……野村千笑、です」

「ちえみちゃん、どういう字書くの?」

「漢数字の千に、笑う……です」

「へえ、そうなんだ! 可愛い名前だね」


先生は小さく息を吐き、まだ話そうとする彼女を「少し黙れよ」と制止した。

彼女はしゅんと小さくなると、ごめんなさい、と素直に答えた。