「それは、昔の恋人と、とのことを聞いてんのか」
先生くらいの大人になれば、過去に恋人がいるなんてごく当たり前のことで、そういうことにいちいち嫉妬なんてしないのかもしれない。
それでも、わたしは先生よりうんと子どもで、ましてや彼氏なんていままでにいたこともないわけで、だからこういうのには、どうしても上手く返せない。
冗談だということはわかっている。
からかわれているだけだということも。
本気ですねたり、やきもち妬いたり、そんなことはしたくないのに、しちゃうから嫌だよ。
先生のおうち、ベッドルームにあったデスクの整頓された引き出しのなかに、大切そうにしまわれていた女物の腕時計が、
――どうしてもずっと忘れられない。
「……先生、忘れられない人、いますか。すごく好きだった人がいますか」
自分で思うよりもずっと本気のトーンになってしまったことに、しゃべりながら驚いた。
先生も少しだけ驚いた顔をした。
そして、わたしの髪を一束、すくうように触った。
「なにか確信がありそうな言い方だな」
全部お見通しなのはいつだってわたしより先生のほうだ。
「そ、そういうわけじゃないですけど……」
「ふうん」



