「……いやいやいやいや!」
そんなわけない、そんなわけない、と言い聞かせながらも、呼ばれるみたいにそこに足を踏み入れてしまう。
瞬間、先生の香りに嗅覚のすべてを奪われて、めまいがした。
「……落ち着け、落ち着くのよ、千笑」
呪文のように唱えてみても、いろいろな引き出しを開けてしまっているあたり、まったく落ち着けてなどいないわけである。
几帳面に整理整頓されているのが先生らしかった。
先生のプライベートな空間を盗み見してしまっていることなら、理解している。
「え……」
それでも、次の瞬間、こんなバカなことはハナからしないほうがよかった、と思わずにはいられなくなった。
見間違いじゃない。
きちっと整理された引き出し、その真ん中に、どう見ても女物の腕時計があったから。
――昔の彼女。
先生は大人だから、そんなのはいて当たり前のこと。
あのスペックだし、つきあってきた女性など山ほどいるのかもしれない。
だけど、
――いまの彼女。
その存在を、肯定されたわけでもないけど、否定されたことも一度だってないのだ。
わたしはおばかさんなので、こういうとき、上手な抜け道を探し当てることができないよ。



