「急に来るからなんもねえけど、メシは? 食った?」
シックに黒で統一されたキッチンでコーヒーを入れながら、カウンター越しに先生が訊ねる。
ガラスのテーブルに、白のカーペット。
それからレザーの黒いソファがすごく先生らしくて、ただここにいるだけで、呼吸困難に陥りそうなほどどきどきしてしまう。
ここは、まぎれもなく、先生が毎日生活している空間……なんだ。
「おい、聞いてんのか」
「あっ、ごはん食べてきました! です!」
角砂糖を3つ、ぽちょんと落としたコーヒーをこっちに手渡しながら、先生がにやりと笑った。
「帰りたくなったらいつでも言えよ。送ってやるから」
いじわるにそう言われてやっと、自分がいまコートも脱がずにボケっと突っ立っていることに気づく。
「か! 帰りません! 帰りませんよ! 帰りませんとも!」
「あ、そ」
ふいと簡単に背けられてしまった顔が嫌だった。
ソファに沈んだ先生を追いかけるように、数秒の差でわたしも腰かける。
なにを伝えるつもりでもないけど、なにかを訴えかけたくて、じっと横顔を見つめていると、先生の顔がなんの前触れもなく、突然こっちを向いた。
「ところで上杉たちとどこ行ってきたんだ?」
それは、教師としての質問ですか。
それとも、――
また厚かましいことを考えかけてしまったところに、先生の手が、わたしのマフラーを丁寧にほどきはじめた。
「…………っ、」
「なんだ? 言えないようなところなのか」
「ず、るい……です、こんなの」
「なんのことか全然わからねえな」
ずるくて嘘つきで辛口で厳しくて
――それでいて、とても甘ったるい。



