「ここにしてほしいか?」
「う……してほしい、です」
また、クックと喉を鳴らして笑う。
「おまえ、けっこう大胆だよな」
「どっちが……!」
「そうだな、今度のテスト、化学で90点以上取れたら、してやってもいいよ」
なんという過酷な条件。
なにを隠そう、化学はいちばんの苦手科目なのだ。
半分取れたらカンちゃんに褒められるくらいには、めっぽうダメなのだ。
「……む、むり、です」
「そうか。だったら一生キスはあおずけだな」
「ええっ、いやだあ……」
でも、先生はたぶん、89点でも本当にしてくれない気がする。
こういうところだけはしっかり教師で、嫌になる。
「っ、わかった、がんばる! 絶対90点以上取ります!」
「そうか、せいぜい頑張れよ」
でも、人間という生き物は、どう足掻いても超えられない限界というものが、それぞれにあるわけで。
「がんばるので……だから、あの、よければ教えてもらって、いいデスカ」
こんなのはもちろん、ダメで元々のお願いだった。
それなのに先生は、「仕方ねえな」とひとりごとみたいにつぶやいた。
幻聴かと思う。
「えっ、いいの!? ですか!?」
「べつにいいよ。モノ教えるのは嫌いじゃないし」
そのための教員免許だろ、とジョークみたいに言うので笑ってしまう。
「えー……うれしい、夢みたい」
「いちいち大げさだな」
そうじゃない。
ぜんぜん大げさじゃない。
「だってね、わたし、ずっとヨウ先生の授業、受けてみたかったんです」
先生が少し目を見張った。
そして小さく笑い、
――あいつが喜ぶよ、と。
先生しか使わないような言葉で、大切に答えてくれたのだった。



