「――野村? ボケッと突っ立ってどうしたんだ?」
「……なにを食べたらあんなにイケメンになるんでしょーか……」
「は?」
ぽわわん、とアホの子みたいに余韻に浸りながらも応答してしまったのは、その声にすごく特徴があったからだった。
低くて渋いこの声は、うちのクラスを受け持ってくれている、カンちゃんだ。
カンちゃんもヨウ先生と同じ、化学の先生。おじちゃん先生。
ゆるっとした雰囲気が脱力系で、親しみやすいので、ヨウ先生とはまた違った意味で生徒からの人気は高い。
わたしの視線に気づいたカンちゃんが、合点がいったように「ああ」と声を漏らす。
「上杉か」
「かぁっこいーですよねえ……」
「本当にあいつは女子に大人気だな。相当ライバル多いぞ?」
はたと気づく。
そんなことを考えたことなど一度もなかったので、その発言にちょっとした衝撃を覚えてしまったのだ。
とーご先輩に憧れているコを仲間だと思うことはあっても、ライバルだなんておこがましいことは感じたことさえなかった。
そうか、でも、なかには本気で王子様に恋をしているコもいるわけで、そういうコにとっては、わたしたちのようなミーハー全員も、もれなくライバル、なのかもしれない。
「でも、とーご先輩の彼女になれたらぜったい幸せだろうなあ」
「ま、上杉が野村を相手にするわけないだろうがな」
「なんだと! わかってますよーだ!」
いいじゃないか。ささやかな妄想をするくらい。
とーご先輩は、いったいどんな女の子が好きなのかな?
「野村ァ。おまえ、そんなんじゃいつまでたっても彼氏できないぞ?」
「………………」
ほっとけ、バカカンちゃん! バカンちゃん!
「カンちゃんなんて棒引きの棒にでも当たって失神しちゃえー!」
ゴン、という鈍い音が聞こえたのは、それを言うか言わないか、くらいのタイミング。
……ええ。
まさか、そんな、まさか。



