のぼるアスミのくすんだ煙を見上げて、ふと彼女との思い出が頭をよぎりそうになった。かろうじてこらえた。きっとアスミは、ぼくに思い出されることを望んでいない。センセーショナルに報道されることを望んでいないのと同じ理屈だ。

 だからこそ、アスミは、誰にも告げなかったのだ。だれにも相談しなかったのだ。人知れず、排気口からホースをつなぎ、ドアというドアに念入りに目張りをした。

 アスミと、そのほかの世界に内側から線が引かれてしまった。つい先日、常務の娘と結婚したぼくも、そのほかの誰かと同じように、世界の一部にいるままだ。

 太陽がかげり、命の匂いと一緒に空に溶けていく。

 アスミと、世界の間に線引きしたのは、ぼくだ。

 蝉の声がうるさい。

 了