何も聞きたくなくて、力一杯に耳を塞ぐ。


母と兄がなにやら話していたけれど、聞こえなかった。




兄が父親に近づいていったところで、もう見たくなくて母親の腹に顔を埋めた。






ーーどうして、にいちゃんはそんなことをするの?


ーーどうして、にいちゃんは笑っているのに苦しそうなの?


ーーどうして、どうして、どうして……







「嫌っ!来ないで!!!」





ーーー
ーー



「イヤァアアアアアアア……」













俺が聞いたのは、母親の甲高い断末魔で、怖くて怖くて涙が溢れて止まらなかった。


服を伝って、暖かくてドロドロしたものが肌を濡らしていく。


目の前は真っ赤に染まっていて、また吐きそうになった。







「…蓮士。さよならだ。」





そう言った兄の顔は、今にも泣き出しそうだった。


誰よりも辛そうで、誰よりも悲しそうで。


…だったら、なんでこんなことするんだ。





怖いのと悲しいので、涙はとどまることを知らなかった。




「にいちゃん……」




自分に向かって落ちてくる包丁を、スローモーションで眺めていた。