「お母さん、兄ちゃんはどこに行ったの?昨日帰ってきたばかりなのに…。」
兄が出て行った日の夜。
俺はひどく悲しんでいた。
元々俺は兄のことが大好きだった。
今よりもっと幼いことからつい先日までずっと一緒にいて自分の面倒を見てくれていたのは他ならぬ兄なのだから当然だ。
その兄は、たった3日ほどで表情が全く変わってしまっていた。
何かショックなことがあったのだろうか。
優しげだった瞳はもう見えなかった。
朝の辛そうな、悲しんでいるような、でももう諦めてしまったようなあの瞳が印象に残っていて、以前の優しい顔を思い出せない。
「蓮士……。お兄ちゃんはね、ここじゃないお家に住むことになったのよ。蓮士がいい子にしていればいつかきっと会えるわ。」
困ったような顔をした母親がそう言っている。
だが俺は、もう何となくわかっていた。
兄はどこか、自分の手の届かない遠くに行ってしまったのだと。
――――俺を、おいて。
その日の夜は、両親が寝たのを見計らって荷物置きと化してしまった兄の部屋で一人、眠った。



