玲Side
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芹霞が、久涅の元に行くと言い出した時、動揺した僕は呼吸を忘れた。


満足げに笑った久涅を、きっと僕は激しく睨みつけていただろう。


久涅が幼稚園児ならまだしも、欲望をぎらつかせて櫂に憎しみを向ける成人男性であるならば、如何に芹霞が気が強くても…組み伏せられればひとたまりもない。


ぎらぎらと滾るような欲望を目に光らせているのを、いくら鈍感な芹霞といえども…気づかないわけではないだろう。


絶対、渡さないと思った。


この勝負に勝つ目的は、櫂を次期当主に戻す為と同時に…芹霞の身柄を久涅に渡さない為だ。


久涅の目に宿る光が、興味深い餌を見つけた肉食獣による本能的なものなのか、それとももっと特別な意味があるものなのか…その判別は出来ないけれど、少なくとも黄幡会での塔で見た時のような、オスとしての情欲の光は薄れていた。


だとしたら…光る眼差しは何によるもの?


まるで恋焦がれている男のように思えた僕は、それを唾棄した。


ありえない。

会ってすぐの芹霞に焦がれるなんて、久涅に限ってありえない。


だけど――

対戦して身体をぶつけ合えば、腹立たしい程に余裕顔の久涅の視線が、ちらちらと何処に向けられているのか判るんだ。


その視線まで――

櫂とそっくりだった。


余計に僕は苛立ち、絶対芹霞を行かせないと声を荒げれば、芹霞に正論で反撃を食らう。


確かに、状況は最悪で。

桜は負傷し、煌の身体は抜け殻で。

何が何でも此処から出ないと、時間が足りなくなることは判った。

何とかしないといけなかった。


嬲るようにいたぶるように、無駄に時間を浪費させようとしている魂胆も判ったから、それに対した策を練らねばならぬことは承知していても…正直、そんなことを考える余裕がない程、久涅は強くて。


それは、周涅と相対している櫂も同じことを思っていただろう。


だけど――そうした状況に対して、芹霞が取引しようと言い出すことは予想していなかった僕は、いくら正論を翳されても"僕"としては受け入れられぬ理不尽なものだった。