アランが差し出した箱の蓋を開けると、中には鍵が入っていた。

紅い石が嵌め込まれ、細かい細工の施された奇麗な鍵。


「これは、この扉の鍵だ」

アランが武骨な指で指し示したのは、ベッドの隣の白い扉。


「この扉は私の寝室に通じておる。此方側には鍵は無いが、向こうの寝室の方にある。通常私が持つのだが、今はまだそれが出来ぬ。時期が来たら返して貰うゆえ、それまで預かって欲しい。」


この扉って、もしかして寝室に二つあった、あのシンプルな扉の一つかしら。

どこに通じているのだろうと思っていたけれど、この部屋だったのね。

と言うことは、もう一つもどこかの部屋に通じているんだわ・・・。


「アラン様、どうしてわたしはここにいるのですか?今までのお部屋は・・・」


わたしはあの部屋が好きだった。あの広いテラスのあるお部屋。

隣の高木から小鳥がよく遊びに来ていた。

遠くに垣間見える薔薇園も・・・窓から見える景色が好きだった。

それに、こんな豪華な部屋は身分不相応に思える。

元に戻してもらわないと・・・。


「今までの部屋は正室や側室のメイドが使用するところだ。その中でも一番環境の良い部屋を君のものとしていた。だが、もう君をあの部屋に置いておくわけにはゆかぬ。あの部屋は少々不便で、守りも薄い。この正室の部屋なら警備の目も行き届き、窓からの侵入も出来ぬ。何よりも私が安心して眠れる」


武骨な手がそっと頬を撫で、仄かな灯りに瞳がきらきらと揺れ、柔らかな微笑みを浮かべていた。


―――どうしてそんなに優しいの?

愛する人以外にそんなに優しくしたらいけない・・・勘違いしてしまう・・・


「でも、アラン様、こんな豪華なお部屋はわたしには不似合いで・・・元に戻してください。だって、ここは、正室の方や側室の方が使われるのでしょう?わたしなんてそんな身分ではありませんし・・・わたしはあのお部屋が好きです」

・・・それに、正室の方が使われるお部屋を私が使ってしまっては、この先現れる婚約者の方に申し訳ない。


「全く、君は・・・」

膝の上でキュッと握られていた手を優しく解き、武骨な手が包み込む。

「君は私の主であり、誰よりも大切な者だ。誰よりもこの部屋を使用するに相応しい。何を申しても今までの部屋には戻さぬ。本日より君の部屋はここだ。これだけは譲れぬ。良いな?」

有無を言わせぬように発せられた声は強く、反対に見つめる瞳は柔らかくて

促されるまま自然に唇が動いた。

「・・はい」

「―――それで良い」



―――仄かな灯りに床に伸びた影が二つ。

大きめの影が小さな影にゆっくりと近付いていく。

その影は一つになり、数刻の間そこから動くことはなかった。