西の塔に酉

 リュシアンが出て行ったドアを見つめたまま微動だにしないロヴィーサと、無表情に佇むサーシャに、部屋を出るタイミングを完全に失ったアロワで沈黙のトライアングルができあがる。

 一刻も早く酒場に行きたいアロワだが、このトライアングルを破る手段が見つからない。疲労と、疲労による3つの欲求トライアングルがピークに達しているせいで、三角形は非常に優秀な形だからな、とわけのわからない納得のしかたをし始めていると、

「変わってしまわれたのね……」

 王女の独白が沈黙を破った。

「変わった?」

 トライアングルの魔力に取りつかれているアロワは、オウム返しになる。

「ええ……」ロヴィーサの目元に憂いがよぎる。「変わってしまわれた」

 もう一度、今度ははっきりとした口調で言い切って、ロヴィーサはにっこりと微笑んだ。

 笑顔の晴れ晴れしさに、アロワは度肝を抜く。

「さて、後宮はどちらかしら。王妃さまにご挨拶しなければね」

「ご案内いたします」
 
 と、サーシャがぜんまいを巻き上げたように歩きだせば、

「ありがとう。助かるわ」

 と、ロヴィーサはすっくと立ち上がって、歩きだす。

「滅相もありません、ロヴィーサ様。わたくしごときにお礼など必要もありません」

「あら、そうはいかないわ、サーシャ。それから、そのロヴィーサ様っていうの、どうにかならないかしら。ロヴィでいいわ」

「それこそ、そうはまいりません」

「あっ。アロワ」ロヴィーサはとびきりの笑顔で振りむいた。「無駄足を運ばせてしまってごめんなさい。でも、アロワがいてくれて、とても心強かったわ」

 ありがとう、と朗らかに言い放つロヴィーサに、今度はアロワが呆然とする番だった。