主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

結局その後主さまは一睡もできずに晴明の屋敷へとやって来たのだが…


来て早々目にしたのは、山吹色の着物を着て、髪を結わずに垂らした息吹が道長に湯呑を手渡そうとしている場面に出くわした。


もちろん息吹に惚れている道長の頬は緩み切っていて、あわよくば息吹の手にも触れてやろうという魂胆が見え見えだったので、

早速いらついた主さまが目にも止まらぬ速さで太刀を繰り出すと…


湯呑が真っ二つに裂けて、熱い茶が束帯に思いきりかかり、だが息吹の前で情けない悲鳴を上げるわけにはいかず、歯を食いしばって熱さに耐えていた。


「道長様、早く着替えを…っ」


「う、うむ、息吹はそこに居てくれ。晴明、晴明ー!」


熱さに耐えている顔が面白く、主さまが喉でくつくつ笑っていると、息吹が頬を膨らませて忍び笑いが聴こえた方に向き直った。


「十六夜さんがしたんでしょ?どうして意地悪するの?」


「…」


黙っているとまた巾着袋から紙を取り出して貝殻を1枚置いた。


「今の…十六夜さんがしたんでしょ?」


『是』


「どうして?道長様のことが好きじゃないの?」


『是」


「仲良くできないの?」


『是』


「私とも…仲良くできない?」


『否』


道長のことは問題だったが、自分とは仲良くしてくれると言った主さまにほっとした息吹は辺りをきょろきょろと見回すと声を潜めた。


「帝が臥せっておられるそうなの。だからあそこには数日行かなくていいんだって。もしかして…これも十六夜さんが何かしたの?」


『否』


――嘘をついたが、息吹は数日でも御所へ行かなくてよくなったことがよほど嬉しいのか…


扇子を広げると、まるで白拍子のようにひらひらと舞い踊りはじめた。


…息吹が舞う度に香の良い匂いがして、晴明の烏帽子を戯れに被って楽しそうに踊っている息吹は美しく…


またあられもない妄想に捉われそうになって頭を抱えていると、晴明が道長と共に部屋へ入って来た。


「まるで静御前のようだね。これは酒でも飲みながら息吹の舞を楽しもうではないか」


「十六夜さんも一緒に」


…想いが募る。