主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまが屋敷に戻るとすでに妖たちは集結し始めていて、しかも…何故かやたらと女の妖が目立っていた。


子供を攫い、だが情が深く、親が後悔すると子供を返してしまう美女の片輪車(かたわぐるま)。

山姫と同じで男の精を吸い取って殺してしまう美女の川姫。

そして外見は絶世の美女でありながら性格は夜叉のように恐ろしく、男を骨抜きにして身を滅ぼさせる飛縁魔(ひえんま)などが居て、屋敷の入り口で立ち止まった主さまを見るなり近寄ってきた。


「主さま…お会いしとうございました」


「…お前たちなど呼んでない。何の真似だ」


すると飛縁魔が美しい黒髪をかきあげながら主さまの腕に触れて、しなだれかかってきてまた眉を潜める。


「妻を娶るという噂を聞いてやって来たのでございます。よもや…山姫を妻に?」


「違う。呼んでもいないし妻を娶るつもりもない。散れ」


――主さまの凍てつくような視線に、逆にぞくりときた女たちは夢中になって主さまの気を引こうとしたが、縁側で居心地が悪そうにこちらを見ている山姫に気が付いて、目の前に立つと激しく見下ろした。


「どういうつもりだ?」


「私が呼んだんじゃありませんよ、どこからか妙な噂を聞きつけて勝手にやって来たんですよ」


「妻を娶らないのがそんなにおかしいか?」


「女の妖は皆主さまに憧れていますから、妻になりたいと思うのは当然のことでしょう?」


“私は違うけどね”とぼそりと呟いた山姫に鼻を鳴らしながら縁側に座ると早速飛縁魔たちがにじり寄って来て我先にと手を揉んだり酒を運んできたりして、


男の百鬼たちは皆羨ましそうな顔をしていて、呆れたため息をついた。


「俺に触れるな」


「…主さまは人間の女にご執心とお聞きしました。本当でございますか?」


なおも食い下がる飛縁魔に対し、先程息吹に口づけをしたことを思い出してしまった主さまの顔がみるみる赤くなって、山姫が驚いたように顔を覗き込むと、さっと立ち上がって寝室の障子を開けた。


「ふ、ふざけるな!俺が人間など…相手にするか!」


人間などいつかは先に死ぬ生き物――


美しいのは、一瞬だけだ。