結局その日は道長は息吹に会うことができずに晴明の屋敷を後にした。
「帝がたいそうしぶとくてな。あんなに気に入るとは」
「…あの男…何度も息吹に触れた。あれしきの怪我で済んだのは俺の優しさだと思え」
――似た者同士の風貌をした2人が互いの盃に酒を満たし、そして一気に飲み干すと息をついた。
「これからも朝廷通いをしなければならぬが…十六夜、そなたは大丈夫か?夜は百鬼夜行なのだろう?」
「それしきで弱ったりはしない。それに俺の刀で身体を傷つけたのだから数日は動けんはずだ。時間は稼いだつもりだぞ」
「ふむ、息吹のことになると本当にそなたは熱くなるな。今も息吹は食い物に見えるのか?」
ちろりと嫌味を言われて涼しげな表情の晴明を睨みつつ、男の妖の中で最も美しいと言われる主さまはその美貌を僅かに曇らせた。
「…今はそんな風には見えない。だがあれは…息吹は俺のものだ。いつか返してもらうからな」
「いつか、とはいつだ?そなたが攻めあぐねている間に蝶よ花よと育てて美しくなった息吹はどこぞの男に攫われるかもしれぬぞ。…道長とか」
「その男の名を口にするな、虫唾が走る」
――だが晴明から不安を植え付けられた主さまは腰を上げて襖を開けた。
「どこへ?」
「最後に息吹の顔を見て帰る。…また明日来る」
「ああ、またな」
主さまが居なくなり、晴明は唇に人差し指を当ててふっと息を吹きかけると、息吹の傍についていた式神の童女を紙へと戻らせた。
――床を敷いてもらい、まだ夜も更けていないのにすやすやと眠っている息吹の傍らに座ると、様々な思いがよぎった。
…男たちが放っておかない存在になってしまった息吹――
主さまの聖域でもある息吹を侵されることだけは絶対に避けなければならない。
「…俺が必ず守ってやるからな…」
その時、息吹が小さな声で…呟いた。
「………主さま…」
「…息吹」
小さかった息吹はもう居ない。
今目の前に居るのは…美しく成長した“女”の息吹だ。
主さまは顔を近付けた。
ずっと触れたかった唇に…口づけをした。
「帝がたいそうしぶとくてな。あんなに気に入るとは」
「…あの男…何度も息吹に触れた。あれしきの怪我で済んだのは俺の優しさだと思え」
――似た者同士の風貌をした2人が互いの盃に酒を満たし、そして一気に飲み干すと息をついた。
「これからも朝廷通いをしなければならぬが…十六夜、そなたは大丈夫か?夜は百鬼夜行なのだろう?」
「それしきで弱ったりはしない。それに俺の刀で身体を傷つけたのだから数日は動けんはずだ。時間は稼いだつもりだぞ」
「ふむ、息吹のことになると本当にそなたは熱くなるな。今も息吹は食い物に見えるのか?」
ちろりと嫌味を言われて涼しげな表情の晴明を睨みつつ、男の妖の中で最も美しいと言われる主さまはその美貌を僅かに曇らせた。
「…今はそんな風には見えない。だがあれは…息吹は俺のものだ。いつか返してもらうからな」
「いつか、とはいつだ?そなたが攻めあぐねている間に蝶よ花よと育てて美しくなった息吹はどこぞの男に攫われるかもしれぬぞ。…道長とか」
「その男の名を口にするな、虫唾が走る」
――だが晴明から不安を植え付けられた主さまは腰を上げて襖を開けた。
「どこへ?」
「最後に息吹の顔を見て帰る。…また明日来る」
「ああ、またな」
主さまが居なくなり、晴明は唇に人差し指を当ててふっと息を吹きかけると、息吹の傍についていた式神の童女を紙へと戻らせた。
――床を敷いてもらい、まだ夜も更けていないのにすやすやと眠っている息吹の傍らに座ると、様々な思いがよぎった。
…男たちが放っておかない存在になってしまった息吹――
主さまの聖域でもある息吹を侵されることだけは絶対に避けなければならない。
「…俺が必ず守ってやるからな…」
その時、息吹が小さな声で…呟いた。
「………主さま…」
「…息吹」
小さかった息吹はもう居ない。
今目の前に居るのは…美しく成長した“女”の息吹だ。
主さまは顔を近付けた。
ずっと触れたかった唇に…口づけをした。

