主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

あんなに沈んだ息吹を見たのは、幽玄町から連れ出した時以来だった。


息吹のことを本当の自分の娘のように6年間可愛がってきた晴明は…今、望んで一条天皇と対峙していた。


「帝…息吹を困らせないで頂きたい。あの娘は人と慣れず、戸惑っているのです」


「そうやって人に会わせずに妖と同じ空間で育ててきたのはそなたの責任だろう?」


…笑みを絶やさない晴明の表情には苛立ちが浮かび、手当てをされた手に視線を遣ると気付かれないように鼻で笑った。


「その傷…しばらく熱が出ます。息吹に触れると攻撃するように命じておりますので、今後は…」


「私は息吹姫を入内させたい。傍に居て私を癒してほしいのだ」


…こんなに女御や女房が居るのに?


こんな場所で1日でも過ごしてしまえば、息吹の心はすぐに壊れてしまうに決まっている。


――晴明は今度は明らかに侮蔑の表情を浮かべて失笑した。


「息吹が入内を望んでおりませんので諦めて頂きたい。今後話し相手として務まるかどうかもわかりませぬが、手出しは無用にて」


「晴明…私にそんな口を聞いてよいのか?」


「帝…私にそんな口を聞いてもよいのですか?」


微笑が引っ込み、冷徹な表情を浮かべた晴明に、帝が背筋をぞくりと震わせた。


安部晴明は半妖。


御所に勤める者ならば、誰もが知っている。

そして晴明の母である妖狐を討つように命じたのは…自分だ。


「この御所には私の妖封じの結界が張り巡らされております。だから今まで妖に攻撃されずに済んでいたのに…残念な結果になりましたな」


腰を上げるとさすがに慌てた帝が腰を浮かせて説得にかかった。


…またそれも晴明の狙い通り。


「ま、待て。入内の件は…考慮する。だが息吹姫には今後も私の話し相手を…」


「息吹にはそう話しておきましょう。ですが帝…」


閉じた扇子を口元にあててひんやりとした冷笑を浮かべ、内侍に聴こえないようにひそりと囁いた。


「私の式を払おうとしても無駄ですよ…。あれは息吹に惚れていますから、息吹を奪われぬためにあなたを攻撃するでしょう。…そして、私も」


「…わ、わかった」


先手を打った。