主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹の様子を見た晴明が“先に帰っていてくれ”と言ったので、道長は息吹と2人で牛車に乗り、沈んだ息吹におろおろしながら屋敷へと着いた。


…その間もちろん主さまも一緒に居たのだが、ぎゅっと瞳を瞑って俯いている息吹の姿が痛々しく…


屋敷へ着くと閉じこもり、畳に突っ伏した。


「やだ…もう行きたくない…」


声は心底また朝廷へ行かなければならないことへの拒絶に満ちていて、すぐ隣に座ると息吹に付っきりの式神の童女がまたじっとこちらを見ていて、息吹がそれに気付いた。


「十六夜さん…居るの?」


答えないとわかっていても聞いてしまう息吹は、袖から巾着袋を取り出すと寝転がったまま紙を広げて貝殻を1枚置いた。


「さっき助けてくれたの…十六夜さんでしょ?」


『是』


「やっぱり!…助けてくれなかったら私…危なかったかも」


『是』


「…もしかして怒ってるの?」


『是』


「ごめんなさい…。明日からはちゃんと気を付けます。だからまた傍に居てね?」


『是』


――一問一答に応える度に暗かった表情が徐々に明るくなっていき、ほっと安堵した時…息吹の質問攻めが始まった。


「十六夜さんって男の人?刀持ってるからそうじゃないかな」


『是』


「私のこと…嫌いになった?」


『否』


息吹がふわっと微笑んだ。


そして起き上がると乱れた着物の襟もとや胸元を正して正座してこちらに向かって丁寧に頭を下げてきた。


「男の人にこんなみっともない姿見せちゃってごめんなさい。なんか…十六夜さんを昔から知ってる気がしてつい気が緩んじゃうの」


「…」


――知っているとも。


お前がまだ目も開いていなかった頃から、ずっと知っているとも。


「もしかして…幽玄町で会ったことがあったりするのかな。十六夜さん、小さな頃の私を知ってたりする?」


…『否』


貝殻がぶれながら『否』の上で止まり、

じっとそれを見ていた息吹は小さく息をつくとまた頭を下げた。


「変なことを聞いてごめんなさい。十六夜さん、今日はありがとう」


…こそばゆい。