主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

翌朝主さまが晴明の屋敷を訪れた時…すでに道長の姿が在った。

主さまは不快げに顔をしかめて、息吹の前に座る晴明の隣に座った。


「あの男はいつも居るな」


「息吹の気を引こうと躍起になっているんだよ」


ひそりと言葉を交わし合う晴明の微笑を見た息吹がぱっと顔を輝かせると、手に持っていた饅頭を晴明の隣の誰も居ない空間に置いたので、道長が首を傾げた。


「息吹?そこには誰も…」


「いいえ、十六夜さんが居ます。妖はお饅頭も食べますよね?主さまはよく食べてたから…」


…かあっと頬が赤くなった主さまが面白くて仕方のない晴明が噴き出した。


「ああ食べるとも。後でこっそり食べるそうだよ。さあ息吹、もう行こうか」


「…はい…」


遅れた返事。


息吹が瞳を伏せた隙に饅頭を懐に入れると立ち上がり、苦い声で晴明に問うた。


「入内など絶対にさせん」


「それは息吹次第だ。帝と心を通じて愛が生まれたならば、嫁がせてもいい」


「…」


そもそも嫁がせるだの嫁がせないだのを晴明に決められるのはかなり癪で、主さまは息吹の後ろを歩きながら、背中を見つめる。


すると…


「十六夜さん、居る?」


晴明と道長が離れている間に、牛車に乗り込んだ息吹がこそっと声をかけてきた。


それに答えるわけにはいかないので黙っていると息吹が袖から朱色の巾着を出し、中から例の紙と貝殻を取り出し、どこに居るかわからない自分に見せるように右に左に差し出すと不安そうに俯いたので、つい手に触れそうになる。


「寂しい時はこれでお話ししちゃ駄目?」


「…」


紙の上に置いた貝をそっと『是』に持っていくと、ぱっと表情が明るくなったのでほっとして、


2人の話が終わると慌てて巾着に紙と貝を戻してすまし顔で座りなおした息吹に笑みを誘われて、慌てて手で口を覆った。


「待たせたね、行こう」


「父様…どれ位あそこに居ればいいのですか?私あまり長くは…」


「わかっているよ。帝に許してもいないことを求められたら、私や十六夜の名を呼びなさい」


「はい」


息吹はもう、緊張していなかった。