主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

屋敷に帰るなり畳に倒れこんだ息吹は付きっ切りの式神の童女に話しかけた。


「私…また行かなきゃいけないのかな…」


遊びには付き合ってはくれるが、込み入った話になると式神は答えなくなる。


だが息吹は答えてくれないとわかっていつつも、いつも聞いてしまう。


晴明が居ない間はずっと式が遊び相手になってくれていたのだ。


――主さまは寝転がって物憂げなため息をついている息吹のすぐ隣に座っていた。

式は主さまの姿が見えていて、監視するようにこちらをじっと見つめていて、息吹がそれに気づいて顔を上げる。


「十六夜さん…そこに居るの?」


「…」


答えるわけにはいかない。


…もし気づかれたら…“食われるかもしれない”という恐怖に引きつった顔でもし見られでもしたら、


立ち直れなくなる。


「…あ、そうだ」


急に起き上がると戸棚から朱色の巾着袋を出すと、その中から貝殻を出して白い貝を手に取った。


そして和紙に美しい字でさらさらと字を書いた。


『是』と『否』


式神が誰も居ないはずの方向をじっと見ているので、そちらに向かって畳に紙を置き、その上に貝を置いた。


「これなら私と話せるでしょ?」


「…」


――俺と話したいというのか…?


…息吹は細い人差し指で貝を『是』と『否』の間を行ったり来たりさせて催促してきた。


不安そうな顔をしている。


行ったことのない場所で、会ったことのない高貴な者から話しかけられ、息吹がまだ混乱しているのが見てとれた。


「十六夜さん…居るならこれで返事をして。お願い、2人だけの秘密にしておくから」


――秘密――


その甘美な響きに負けた主さまは…そっと貝を動かした。


「『是』…!答えてくれてありがとう!」


貝が勝手に動き、『是』の上で止まったのを見た息吹が笑顔を爆発させる。


嬉しい時に身体を前後に揺らす癖も、小さな時そのまま。


「時々こうしてお話しても大丈夫?いやな時は我慢するから」


…貝は『是』の上から動かない。


息吹は見えない守護者に感謝して、式の見ている方向に深く頭を下げた。