主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「御簾の中へ」


なんと一条天皇が誘いをかけ、息吹が戸惑って動かずにいると、主さまの怒りが爆発しそうになって、刀を握る手に力を込めた。


「私は…ここでいいです」


「そうか、ならば私が出て行こう」


…御簾の奥はご法度だ。


ましてや道長以外の高貴な身分の者と話したこともなければ会ったこともない息吹がぽかんとしていると…


中から御簾をかき分けて一条天皇がゆっくりと姿を現した。

優しそうな男だ。
頓着なく前に座り、扇子で顔を隠して俯く息吹の腕を握った。


「お、おやめ下さい…」


「評判は前々から聞いていた。“晴明が美しい養女を育てている”と。1度会ってみたかったのだ、よく顔を見せてほしい」


――帝の命には逆らえない。


逆らえば晴明の立場がまずいことになるかもしれない、と考えた息吹は…意を決して扇子を畳むと、顔を上げた。


戸惑いに揺れながらも奥ゆかしくかつ、凛とした佇まい。


今まで帝が見てきたどの姫よりも美しく可愛らしく、吸い込まれるように息吹に顔を近付けようとした時――


ぶわっ


――帝の全身の毛が逆立ち、御簾が大きく斜めに裂けた。


明らかに物の怪の仕業で、入り口に控えていた内侍が悲鳴を上げそうになった時、息吹が大きな声を張り上げた。


「せ、晴明様が私を守ってくれるようにと式をつけて下さったのです。危険な存在ではありません!」


「そうか、晴明が…」


顔を赤くして息を整える息吹のすぐ傍には主さまが立っていて、今もなお帝に殺気を向けながら牽制を図り、空気が淀む。


「…私、もう戻ります!」


「今日はもう帰っていい。だが、明日からは毎日私との時間を作ってほしい。晴明にはそう伝えておく」


「え…?」


――帝に気に入られたことに気付かず、顔を上げた息吹の頬に、帝が優しく触れた。


途端、今度は烏帽子が吹き飛び、息吹が慌てて立ち上がった。


「し、失礼いたします」


「また明日来なさい」


笑いながら御簾の中へと戻って行く。


…息吹に触れられた。


怒りが体内を渦巻き、爆発してしまいそうになっていた。