主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

はじめて御所を訪れた息吹。

大臣や女御、女房たち皆が、晴明と道長を侍らせて参内した息吹に注目し…歯ぎしりしていた。


「大丈夫だ息吹。お、お、俺が傍に居るからなっ」


…相変らず道長は主さまにとって鬱陶しい存在でしかなかったが…


確かにここは人の怨念が渦巻く場所だ。

妖など人が生み出す恨みつらみに比べれば可愛いもの。


――特に帝の夜の相手もし、皇后も輩出されることのある女御たちには扇子や御簾で姿を隠しながらもあからさまな敵意を向けられて、晴明が苦笑しながら息吹の手を握ってやった。


「道長も居るし私の式も居るから安心しなさい」


帝の座す御所に着き、ものすごく広い空間の一番奥には御簾が下がり…

気が付くと御所の入り口には内侍と呼ばれる帝の執務の補佐をする女官が恭しく三つ指を突いていて、静かに告げた。


「息吹姫様のみ、進まれますように」


「え…」


狼狽えて不安そうな顔をした息吹に、道長が思いきりきゅんとした顔をして、晴明は姿を消している主さまを振り返ると目配せで合図を送る。


「息吹…大丈夫だよ、式がすぐ傍にいるからね」


「…はい…。十六夜さん、よろしくお願いします」


――名を呼ばれた途端血が波打って、沸々と身体の奥から力が湧き上がってきた。


…晴明と道長が御所を出て行き、戸惑いながらその場に立ち尽くしていると…


「息吹姫…こちらへ」


「は、はい…」


御簾の奥から優しそうな声がして、無礼にならないように頭を下げながら、距離を取って御簾の前へと座った。


「もっとこちらへ」


「…はい」


このやりとりを数度繰り返し、

数歩で御簾に手が届くところで扇子を広げて座った息吹を、御簾の奥の一条天皇が身を乗り出して見ているのがわかった。


ものすごく見られているのを感じながら顔半分を扇子で隠し、ゆっくりと頭を下げた。


「安部晴明様の養女の息吹と申します。この度はお招き頂き、光栄にございます」


「そなたが息吹姫か…。これは噂以上の美しい姫だ…」


何と返せばいいのかわからず、誉められて恥ずかしくなった息吹が扇子で顔を隠す。


…いらつく。