主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

晴明の屋敷の前とは比べ物にならない位の人だかりができていた。


息吹が牛車から降りたと同時に歓声が沸き、驚いて絶句している息吹の足元には幽玄橋から脱兎の如く走ってきた猫又がじゃれついて、息吹の顔に笑顔が戻った。


「猫ちゃん!」


「迎えに来たにゃ!息吹…すっごく綺麗にゃ!食べてしまいたいくらい綺麗にゃ!」


「ありがとう。あ…みんなが…」


――幽玄橋の上には、朝にも関わらず百鬼が息吹を待ち構えていた。

中には恐ろしい姿をした者も居るが、息吹にとっては百鬼全員が友達で、特に背の高い赤鬼と青鬼が手を振ってきた時は大声を上げて呼びかけてしまいたくなった。


「早く行くにゃ!主さまが待ってるにゃ!」


「うんっ」


晴明に手を引かれてしずしずと歩き出した息吹は、食い入るような視線を向けられながらもなんとか転ばないように注意を払いながら…幽玄橋に1歩脚を踏み出した。

この瞬間、息吹は平安町から幽玄町の者になる。

普通の人間がこの橋に1歩脚を踏み出してしまえば、もう平安町には戻れないのが通例。

息吹もその覚悟でもう1歩歩を進めた。


「そなたは特別だ。妖と人を結んだ特別な娘だからね」


「はい。でも私、主さまの傍にずっと居るって決めたから」


幽玄橋の左右には百鬼が並び、そのずっと奥の幽玄町の手前には…主さまの姿が在った。


自分は白無垢姿なのに、主さまはいつものように濃紺の着物姿。

きっと皆から袴を着ろと強要されたのだろうが、それを頑として受け入れなかったのだろう。

それを想像すると面白くて仕方がなくなった息吹は噴き出してしまい、わいわいと祝いの言葉をかけてくる百鬼に応えながら、主さまの前へとたどり着いた。



「…主さま…」


「………息吹……その…」


「?主さま?」


「その……う、美しい。よく来てくれた」



――白無垢姿で綺麗に化粧を施された息吹にどぎまぎしてしまった主さまが頬を赤らめると、相変わらずの純情な反応に笑みが零れた息吹は主さまの手をぎゅっと握って見上げた。



「これから末永くよろしくお願いします」


「ああ。よろしく頼む」



今度は幽玄町側から歓声が沸いた。


こうして息吹は幽玄橋を渡り、主さまの元へと嫁いだ。