主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「じゃあ私、もう寝るね」


「ああおやすみ。よく眠るんだよ」


息吹の隣にはいつも式神の童女が付き添っていて、姿が消えると主さまたちはようやく術を解いて、何食わぬ顔で茶を飲んでいる晴明を抗議した。


「どうして俺が朝廷へ行かなければならない?俺に命令するな」


「息吹が危ない目に遭ってもいいのか?帝に…一条天皇に見初められて入内してしまえば会えなくなるぞ」


ぐうの音も出なくなって黙り込むと、山姫が必死の形相で主さまの説得にかかった。


「主さまお願いです。息吹を入内させないで下さい、あの子は主さまの…」


「それ以上言うな。…息吹を守ればいいんだな?」


「まるで私だけの願いのように聞こえるが、そなたも息吹を守りたいのだろう?あの子は美しくなったからねえ」


ずっと黙ったままの雪男がかくかくと頷いて、山姫が茶化すように腕を突っつくとこの半妖の白すぎる美貌が真っ赤になった。


「や、山姫、もう戻ろう!」


「俺はもう少し話をしてから戻る」


「主さま、息吹を頼みましたよ!やましい心で近付いてきた男は全て殺してしまって下さい!」


雪男が山姫を引きずるようにして晴明の屋敷を後にし、そして脇に置いていた徳利を主さまの前で揺らした。


「一献どうだい?」


「お前は何を企んでいる?10年現れず、現れたと思ったらこれだ」


緩く結んだ主さまの髪がさらりと胸に垂れて、妖の頂点に立つ男の月のような静かな美貌をしばらく見つめて、笑った。


「私の母を覚えているか?」


「覚えているとも。俺が反対したのに人間との間に子を作ってお前が生まれた。挙句、人に狩られて死んだ」


「私が幼い頃、そなたには随分と目をかけ、良くしてもらった。だから私の母の二の舞にはなってほしくないだけだよ」


「…なに?俺が人に殺されるとでも?」


「さあどうだろう?とにかくそなたを慮ってやったことだし、息吹のためでもある。その懐の絵、もう不要だろう?私が処分してやろう」


「要らぬ世話だ。それより…息吹の寝顔を見たい。行ってもいいか」


「姿は消して行け。決して顔を合わせてはならぬ」


…それでも、会いに行く。