主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

翌朝、早起きをした晴明と息吹は一緒に朝餉を摂った後息吹は風呂に入って身を清めると、化粧から着付けまでをしてくれた反物屋の主人に誉められまくっていた。


「本当にお美しい…。肌が白いので白粉を塗らなくてもいい位ですよ。この度は幽玄町の主さまに嫁がれるとか。おめでとうございます」


「ありがとうございます。その…鏡を見てもいいですか?」


髪を結って角隠しを被り、絹糸で鳳凰を刺繍された白無垢は聴けば目玉が飛び出るほどに高価なもので、それを知らない息吹は鏡の前でくるくる回って見せると晴明の手を握ってはしゃいだ。


「綺麗…。父様、この白無垢本当に綺麗。ありがとう父様」


「いいんだよ。さあ息吹、父様が手を引いてあげるから行こうか。皆に私の美しい愛娘を見てもらおう」


「はい。途中までは牛車なんでしょ?」


「そうだよ、幽玄橋の手前で降りて、そこで皆にお披露目だ。だけど牛車の窓から皆に手を振っておあげ」


調度類は全て晴明の式神が運ぶことになり、今日の日のために真っ白な牛車が用意されると、息吹は晴明に手を引かれて屋敷を出る直前、長年暮らした屋敷に向かって小さく頭を下げた。


そしていつからそこに居たのか…晴明の屋敷から幽玄橋に向けてまでの道のりを人々が埋め尽くし、息吹が出て来た途端歓声が沸いて息吹を驚かせた。


「きゃ…っ、な、なに?」


妖の主に嫁ぐ晴明の養女を一目見ようと待ち構えていた人々はたおやかで可愛らしい白無垢姿の息吹を見た途端自然と拍手が広まり、こんなにも祝福してもらえることに感激して唇を震わせたので、晴明が肩を竦めて息吹を牛車に乗り込ませた。


「せっかく綺麗にしてもらったのだから泣いては駄目だよ。さあ行こうか。幽玄橋の前には相模たちも行っているからね。それに十六夜も今か今かと待ち焦がれているよ」


「はい…」


牛車が動き出し、窓の御簾を上げた息吹はそこから皆に手を振って喜びを分かち合った。


今まで平安町で暮らしてきたが、外出したことはほとんどない。

それなのにこんなに喜んでもらえることが嬉しくて、幽玄橋までの道のりがとても短く感じられた。


「見えてきたよ」


…緊張が増した。


主さまが幽玄橋で待ってくれているのかと思ったら急に鼓動が速くなって、晴明に手を引かれて牛車から降りた息吹は、また爆発した歓声に身を竦めた。