主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまは百鬼夜行に出る前に地下室の雪男の氷室を訪れた。


…氷でできた寝台の上には、掌ほどの氷の塊が。

その中心には青白い炎の核のようなものがあり、これがいずれ大きくなって雪男になるのだという。


寒さも厭わず寝台に腰かけた主さまは自慢げに腕を組み、胸を反らしてふんぞり返って見せた。


「明日息吹は俺の元に嫁ぐ。どうだ悔しいか」


もちろん応えるはずもなく、それでも主さまは続けた。


「お前が元の形に戻った時はすでに俺は隠居しているかもしれないし、俺と息吹の子が百鬼夜行を継いでいるかもしれない。その時はまたお前に働いてもらう」


…正直に言って、息吹の為に命を投げ出した雪男を羨ましいと一瞬でも感じていた。

そこまでして息吹を愛しているのだという想いが伝わってきたし、そうすることで息吹の思い出になろうと考えたのかもしれない。


今しばらく眠りにつく必要がある雪男のために、この部屋はこのままにしておくつもりだ。

そしていつかまた、息吹を巡って言い争いになる日がまた来るかもしれない。


「上等だ。お前がどんなに足掻いたとしても、息吹は俺の妻だからな。残念だがお前に勝ち目はない」


言いたいことだけ言って満足した主さまが部屋を出て行った時――氷の塊がほんの少しだけ膨張した。


――そして百鬼が集まる庭に戻って来た主さまは、その中に銀の姿が無いことに気付いて山姫に声をかけた。


「銀はどうした」


「遅れるんじゃないですかねえ。多分晴明の所ですよ」


「あいつ…」


百鬼に加わったとしても風のような気性は変わらない。


むしろ自分と同じように、赤子を我が手で育てようというのだから、これからの銀も見物だろう。


「俺の二の舞になりそうだな」


「銀がですか?あの赤子は間違いなく人ですよ。銀なんかに惚れたらそれこそ可哀そうですけどねえ。息吹の二の舞ですねえ」


「…」


釈然としなかったが、主さまは今日もいつも通り百鬼夜行に出て行く。

息吹と夫婦になってもずっとずっと続けて行かなければならない習わしだ。


…だが今日は心が弾んで浮足立ってしまうし、百鬼はそれ以上に大騒ぎをしながら空を駆け上がって行く。


息吹の嫁入りは皆が願っていたことだ。


大切にしなければ。


雪男のためにも。

晴明のためにも。

そして、自分のためにも――