主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

――それは経験したことのない痛みだった。


だがそう感じたのは一瞬だけで…

主さまが手に握らせてくれた鈴を力いっぱい握りしめていた息吹は、覆い被さっている主さまの限りなく柔らかい微笑を見た途端、また涙が溢れ出した。



「…息吹…」


「主さま…これが…夫婦になったってこと…?」


「祝言はまた後日正式に挙げる。息吹…ようやくお前を手に入れた。ずっと…こうしたかったんだ」



汗に濡れた主さまの頬を指で拭ってやった息吹は、顔を上げて自ら主さまの唇を求めに行くと、また唇を重ね合って想いを共有し合った。


いつかはこんな日が来れば…と思いながらも、様々な障害がありつつ、共にそれを乗り越えてゆく度に愛は募り、不安は募ってゆくばかりで…


今こうして抱きしめられているのも実は夢なのでは…と疑ってしまうほどに熱心に愛してくれる主さまが消えてしまうのではないか、と危惧した息吹は、主さまの胸に縋り付いた。



「…どうした」


「夢じゃないよね?私またうたた寝してるんじゃ…」


「…夢じゃない…と思う。実は俺もこれが夢で、目が覚めたら俺の屋敷だった…という落ちなんじゃないかと疑っていた」


「大丈夫だよね…?主さま…消えちゃわないよね…?」


「息吹…夜が明けたらすぐに祝言の準備に取り掛かろう。もしかしたら晴明たちと合同になるかもしれないな」


「父様と母様が夫婦に…。そうなってたらいいね。主さま…もうちょっと抱っこしてて」


愛を交わして恥ずかしさも徐々に無くなっていったが、どうやら主さまは違うらしく…いっかなまともにこちらを見ようとしないので、息吹は主さまの頭を引き寄せて胸に押し付けた。


「!!な、何をする!」


「私たちもう夫婦でしょ?夫婦なのに恥ずかしがるの?主さま赤ちゃんみたい」


息吹に詰られてむっとした主さまは、ふっと鼻で笑うと息吹の耳元でこそりと囁いた。



「お前には薄闇に見えるかもしれないが、俺の目にはお前の身体は昼間と同じ明るさで見えている。隅から隅までな」


「!ちょ、やっ、あっち行って!主さまの助平!」


「なんとでも言え。ちなみに俺が百鬼夜行を早々に切り上げたのは、この時間をなるべく長く作るためにだ。意味はわかるか」


「…意味?わかんない…」


「子ができるまでなるべく早く帰ってくる。つまりそういうことだ」



また吐息が重なって、せつなくて愛しげな息が漏れた。