主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「一条天皇がそなたに会いたがっているそうだから、明日一緒に朝廷へ行こう」


晴明がそう切り出すと、息吹の大きな瞳がさらに大きくなった。


「どうしてですか?私…一条天皇にはお会いしたことは…」


「風の噂でそなたのことを知ったらしいのだが、最近矢の催促で困っているんだ。1度でいいから父様の願いを聞き入れてはもらえないだろうか」


息吹が入内するかもしれないことは伏せておきつつ困った顔をした晴明を見て、息吹が朗らかに笑った。


「1度でいいんでしょう?父様もついてきてくれるんでしょ?」


「ああ、私もついて行くが始終傍に居てやれるわけではないんだ。だから、私の式を傍に置きなさい」


朝廷は怨念渦巻く場所だ。

それは妖が発端ではなく、人の恨みつらみ、妬み、嫉みが存在しない醜い妖の姿を取って人に憑く。

息吹は女房や、一条天皇に娘を嫁がせようとしている大臣たちから訝しがられるだろう。

大体の守りは道長に頼んであるが、晴明の主さまいじめはここからが本番だった。


「姿を消してはいるがたいそう強い妖だ。最近私が捕えたんだが、姿を現わさぬよう命令してあるからね」


「わかりました。せめて名前を教えて下さい」


「十六夜(いざよい)と言う。呼びかけても答えないから、居ないものとして行動しなさい。いいね?」


――主さまがぱっと顔を上げて晴明を睨みつけた。


…“十六夜”とは、主さまの真の名だ。


一緒に居た雪男と山姫は初めて主さまの本当の名を知って震え上がった。

本来なら主さま自身が名を明かさない限り、聴いてはいけないものだったから。


「十六夜、さん?どんな妖なの?」


…息吹に名を呼ばれてぞくりと身体が震えた。


高く透き通った声が身体中に澄み渡って、


主さまの顔が真っ赤になり、晴明は笑いを堪えるのに必死になりながら難しい表情を作って頷いた。


「人の姿を取ってはいるが…鬼だよ。危険を感じた時は名を呼びなさい。必ず助けてくれるからね」


「はい」


勝手に話を進められて憤慨したが、息吹と一緒に居られる。


そのことがとても嬉しくて、主さまは俯いて顔を皆から隠すと、笑みを零した。