主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

ほんの少しだけ酒を注いでやると、息吹はそれを舌で舐め取るようにちびちびと飲んで顔を上げた。


「…美味いか?」


「うーん…多分。でもこれからはなるべく主さまの晩酌に付き合おうかな。駄目?」


「いや…構わないが…かなり先の話になる」


酒に酔うことなどほとんどないが、万が一の時のために百鬼夜行に出る前は酒は飲まない。

百鬼夜行から帰ってきて寝付けない時に時々口にするが…月でも見ながら息吹と晩酌をする日は一体いつになるか――


「私、起きてるから。主さまが百鬼夜行に出たらすぐ寝て、帰ってくる時には起きてお迎えできるように頑張るの。はい主さま」


「あ、ああ」


御猪口を手渡された主さまは息吹が意外と色々考えていることに驚きつつも緊張を解すためにまた酒を一気に呷り、息吹は主さまのよく出た喉仏が動くのを見て内心ど緊張していた。


だが2人共意地っ張りで有名。

話題を探すのに必死になって沈黙が続き、とうとう少し酔ってしまった主さまは御猪口を盆に置くと着物の胸元を緩めて笑った。


「年月とは恐ろしいものだな。襁褓を替えてやっていた赤子がこんなに大きくなるとはな」


「主さまたちだってそうでしょ?銀さんとこの女の子だってすぐ大きくなるよ。あっ、絶対食べちゃ駄目だから!約束してっ」


息吹ににじり寄られてどきっとした主さまが上体を反って身体を離すと、それに気付かない鈍感な息吹はさらに顔をぐっと近づけた。


「…顔が近い!」


「約束!指切りげんまん!」


右手の小指を突き出した息吹に小指を絡めた主さまは、意地悪をしてやろうと思って息吹の首筋にそっと手を添えた。



「食うならお前を食う。お前を拾った時からお前は俺の食い物だったからな」


「そうだよ、主さまの気まぐれのおかげで私は生き延びていられたの。どう?美味しく育ったと思う?」


「…色気は無いが、程々に美味くなっているはずだな」


「頑張ってお化粧したのにっ」


「だが阿修羅や木花咲耶姫が憑依していた時は色気があった。あの時のお前は俺が持っていた絵とうり二つだった」



――息吹が幼い頃に夢で見た妖艶な息吹。

実際目にしてみると食指は動かず、ただひたすら“いつもの息吹に戻ってくれ”と願い続けたこと…息吹には内緒だ。


頬を膨らませる息吹の頭を小突いた主さまはまた一気に酒を呷った。