主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

襖に手をかけたり離したり…

せわしなく手は動きながらもそれを開けられないでいた主さまは、かれこれ1時間以上も無駄な時を息吹の部屋の前で過ごしていた。


だが…中からは物音ひとつ聴こえない。

もしやまた何か大変なことが起きたのでは、と焦った主さまは、今までのその時間が一体何だったのか…勢いをつけて襖を開けて息吹の姿を捜した。


「息吹!いぶ…き……なんだ…寝ているのか…」


1度寝てしまうとなかなか起きないし、とにかく寝相が悪い息吹。

掛け布団は足元でくちゃくちゃになっていて、帯も半ば解けかかっている。

しかも…その格好…白い浴衣に赤い帯――


いかにも“初夜です”と言っているようなもので、口許を押さえてよろめいた主さまは…すでに上せそうになっていた。


「お、おい、息吹…起きろ。お前寝相が悪すぎだぞ」


「うぅ、ん…」


枕元には『源氏の物語』の絵巻が転がっていた。

結構過激な表現もあり、大抵は男が女の屋敷を訪ねて夜這いをして事を成就するという代物なので、それを参考にされてはたまらないと考えた主さまは素早く絵巻を巻いて机の上に置いた。


「息吹」


「……んぅ?あ…主さまだ…」


「…戻って来た」


「…………あっ!えっ!?え、えっと、主さま…お帰りなさい。ごめんなさい、また寝ちゃってた…」


ようやく状況を思い出したのか、髪の寝癖もそのままにがばっと起き上がった息吹が外れかかっていた帯を直している間、主さまは顔を背けてその姿を見ないようにした。


「いや、俺も早く切り上げすぎた」


「あ、そういえばまだ夜明けじゃないね。どうして早く切り上げたの?」


「…お前まだ寝ぼけてるのか?」


「え?」


――“お前と少しでも長く一緒に居たいから”という口説き文句が喉まで出かかっていたが、それを口に出して言えないのが主さま。


またじっとり汗をかいていると、息吹がすくっと立ち上がったので後を追うようにして顔を上げた。


「…息吹?」


「お酒持ってきてあげる。ちょっと待ってて」


「いや、酒なんか…」


止める間もなく息吹が部屋から出て行き、完全に勇み足の主さまは自身の気を落ち着けるために大きく深呼吸をして、床から離れた。


…今まで数えきれないほど女を抱いてきたが…


その経験値が零になってしまうほどに、頭の中は真っ白になっていた。