主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

山姫は妖で、晴明は半妖――2人共夜目が利く。


そして…

山姫はこの男から逃げられることは到底不可能だろう、と半ば覚悟をしていた。


「…あたしがあんたを愛していただって?いつからさ。わかったような口きくんじゃないよ」


「私が成人して正式に陰陽師となった時だな。ここを出て父と母が残してくれた屋敷へ戻ってからだろう?会えなくなって…苦しんだだろう?」


「はっ、逆にせいせいしたよ。あんたは四六時中あたしと主さまの間を行ったり来たりしてたからね」


「山姫」


暗闇の中腕をやんわりと掴まれたが、暗さはほとんど感じないので一瞬ぎゅっと瞳を閉じてしまったのを見られた。

それを見た晴明は嬉しそうに笑って、頑なに抵抗を見せる山姫を腕に抱き寄せると、耳元でこそりと囁いた。



「毎回邪魔が入るのでなかなか言えずにいたが…そなたを愛している。私の妻になってくれ」


「…あたしは主さまの側近。主さまを守ってゆく者。あんたと夫婦になったとしても、あたしは常に主さまの傍に居る。それでもいいのかい?」


「それでもいい。私はそなたの心を手に入れたいのだ。私を気にしていただろう?私を愛していただろう?どうだ?」



山姫がふっと笑って晴明の胸を叩いた。


…晴明には何もかも看破されていて、こんな乳臭い餓鬼を好くなど有り得ない、と自身に言い聞かせてきたのだが…どうやらそれも限界のようだ。



「ああもうわかったよ、あんたの好きにしな。その代わり…あんたが朝まで生き残れていたら夫婦になってあげるよ」


「それが私の問いに対する返答だな?よしわかった、私の全霊を賭けてそなたを夢中にさせてみせる」



――山姫の赤茶の瞳と晴明の黒い瞳が見つめ合い、ゆっくりと顔が近付いて、唇と唇が重なった。


両者共に長年想いを秘めていて、主さま不在の中ようやくたどり着いた恋の成就――


素直になれない山姫と、普段飄々としている姿をかなぐり捨てて想いをぶつける晴明。


吐息が重なり、ようやく求めていた愛しい人を腕に抱いて、情熱的かつ優しい時間が流れる。


ただし、この2人よりももっと優しい時間を作ったのは――


百鬼夜行を早々に終えて、息吹の部屋の前でじっとりと汗をかいて緊張している主さまだった。