主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

銀が百鬼夜行に出ている間は赤子の世話を任されてしまった山姫は、ようやく床に寝かしつけて自室でひとりの時間を満喫していた。


「主さまと息吹が夫婦になるっていうのは…本当なのかねえ」


朝廷での戦いの最中、確かに主さまがそう言ったのを聴いたという声が百鬼の中から多数あり、晴明と銀がそれを知っていた風だったことも聴いていた。

だからこそ、母代りの自分にその秘密を打ち明けてもらえなかった山姫は少し悲しい気分と少し嬉しい気分になって、団扇を片手に風鈴の奏でる音を楽しみながら伏し目がちになった。



「あたしにも教えてほしかったよ。…息吹…」


「息吹がどうした?」


「!?せ、晴明…!?」



断りもなくいきなり襖を開けて現れた晴明はいつもの直衣姿ではなく濃紺の着物に白い帯を付けていて少し着崩していた。

今まで何人たりとも部屋に入れたことのなかった山姫は勢いよく立ち上がると、殺気を漂わせながら微笑を浮かべている晴明ににじり寄った。


「何しに来たのさ!」


「夜這いをしに行く、と約束しただろう?」


「そんな約束あたしはしてないよ!早く出て行きな!」


「ほう、ここがそなたの部屋か。綺麗にしているな。私の屋敷には物が多い故雑多に見える。ぜひそなたに片づけてもらいたい」


「なに寝言を言ってるんだい?寝言は寝てから言いな」


全く取り合わずにいたのだが、晴明は勝手に部屋の中へ入って来ると、勝手に腰を下ろして、胸元から扇子を取り出して優雅に顔を扇いでいた。


…主さまのように髪を下ろして括っている姿も今までほとんど見たことがない。

いつもきっちり髪も服装もきまっているので、目の前に居るのは実は式神なのでは…と疑った山姫は、晴明から離れた所で正座をして睨みつけた。



「…本物なんだろうね」


「本物だ。今日はそなたと一夜を共にして、勝負に勝てばそなたを私の屋敷へ連れ帰る。もちろん、妻として」


「…何度同じことを言わせればあんたは納得するんだろうねえ。あたしはあんたに興味なんかないんだよ。あんたの精根吸い尽くしてしまえばあんたは死ぬし、主さまが悲しむだろ。…息吹が1番悲しむだろ。だからそうさせないでおくれ」


「いや、違う。そなたは私を愛している。随分前から。見て見ぬふりをしてきたのだろう?そろそろ己に正直になったらどうだ?私が正直にさせてやる」


――蝋燭の灯りがふっと消えた。