主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

気が済むまでふかふかふわふわの尻尾と耳を触らせてくれた銀は、その後主さまが率いる百鬼夜行と合流するために空を駆け上がって行った。


ぽつんとひとりになった息吹は、萌たちと一緒に食事を摂ろうと思って台所へ行ったのだが…棚に一通の手紙と1人分の食事が置いてあった。


「?なんだろこれ…」


開いてみると、それは下手な字で書かれた相模からの手紙。


“夕餉はもう食ったので今日は家族団らんで過ごします”


…遠慮してくれたのだとわかってまた頬が熱くなった息吹は、今度は湯を沸かそうと思って風呂場へ行ったのだが…何故かすでに湯は溜められていて、湯気が上がっていた。


「…みんな…」


皆が気を遣ってくれて、しかも皆が…今日主さまが自分に会いに来ることを知っている――

また猛烈に恥ずかしくなってその場に座り込んでしまったが…主さまが会いに来てくれることは、ものすごく嬉しい。


「主さま…本当に私でいいのかな…」


今まできっと絡新婦以外にも様々な美女の妖と関係があったに違いないが、自分は不器用な主さましか知らない。

主さまは未だに謎な人で、掴み所がないけれど、ずっと好きだった人。


「浮気くらい…許してあげなきゃいけないよね」


何せ妖の主なのだから、寄ってくる女は掃いて捨てるほど居るだろう。

きっと誘惑に負けることもあるだろうし、そこを度量の広い心で受け止めてやるのが、妻の役目。


「だって主さまかっこいいんだもん。助平だけど優しいし…」


脱衣所で着物を脱いで裸になると、肌が赤くなってしまうまで全身を擦りまくって綺麗にして、髪も丁寧に洗って湯船に浸かった。


あたたかい湯に浸かると気持ちも解れて、主さまのことばかり考えてしまってどうしようもなくなる。


男を知らない息吹の唯一の知識は『源氏の物語』だけで、夜な夜な殿方が女性の部屋へ夜這いにくるという代物。

まさに主さまがそれで、また身悶えしてしまった息吹は湯あたりしそうになってふらふらしながら湯船から出ると、身体を拭いて真っ白な新品の浴衣を手に取った。

そして帯は…お気に入りの赤。


「気合い入り過ぎかな…は、恥ずかしい…っ」


浴衣を着て1人分の食事が乗った盆を手に部屋に戻った息吹は、悶々としながら食事を摂って、『源氏の物語』を読み返した。