緊張しすぎてそれ以上言葉にならなかった息吹の膝の上で握りしめられた拳にそっと手を重ねた主さまは、上体を傾けて息吹の耳元でこそりと囁いた。
「…なるべく早く戻って来る」
「……う、うん…。主さま…気を付けてね。行ってらっしゃい」
…沈黙が続いたので恐る恐る指と指の隙間から主さまの様子を窺うと…主さまは、誰もが見惚れてしまうほどの笑顔を浮かべていた。
思わずぽうっとしてしまった息吹の頬にまた少しだけ触れて腰を上げた主さまはそのまま居なくなってしまい、それまで息をするのを忘れていた息吹は顔を真っ赤にして床に寝転ぶと身悶えした。
「ぬ、主さまと…私が…今日…夫婦に…?」
――ずっと望んでいたことだ。
けれど人の自分が先に死ぬのは決まっていたし、主さまを悲しませてしまうことがいやだった。
そして自分が死んだ後…主さまが知らない女と夫婦になって、自分との思い出が色あせていくことも…いやだった。
だけど、もう違う。
ずっと一緒に生きてゆけるとわかったのだから、今日主さまと夫婦になって…子に恵まれて、後を継いだら主さまと四六時中一緒に居られる――
「私…お風呂に入らなくちゃ!綺麗にして…“綺麗だ”って言ってもらうの!」
…とてもそんなことは言いそうにはないけれど、想像しただけでかっかっしてきて、自室を出た息吹は縁側で寝転んでいた銀の背後に忍び寄っていきなり尻尾をわしづかみにした。
「おお?息吹か、もう十六夜は百鬼夜行に出たのか?では俺も行かねば」
「銀さん!百鬼に加わったんだね!で…、な、なんで主さまが来たの知ってるのっ!?」
「晴明と派手な喧嘩をしたらしいからな。あいつらが真っ向勝負をするからにはそれなりの理由があったんだろう。ちなみにそれなりの理由というのは当然お前のことだ」
「…父様…」
――大切に大切に育ててくれた晴明…
あと1年の猶予をゆっくり2人で過ごそうと約束したのに。
まるで晴明を裏切ってしまったような気分になった息吹が涙ぐむと、銀はむくりと起き上がって息吹の両手を握って子供をあやすように揺らした。
「いつまでもお前たちは親子だ。親子は夫婦より縁が深い。それを忘れてやるな」
「…うん…!」
いつまでも、親子だ。
幽玄町から連れ出してくれたあの日からずっと――
「…なるべく早く戻って来る」
「……う、うん…。主さま…気を付けてね。行ってらっしゃい」
…沈黙が続いたので恐る恐る指と指の隙間から主さまの様子を窺うと…主さまは、誰もが見惚れてしまうほどの笑顔を浮かべていた。
思わずぽうっとしてしまった息吹の頬にまた少しだけ触れて腰を上げた主さまはそのまま居なくなってしまい、それまで息をするのを忘れていた息吹は顔を真っ赤にして床に寝転ぶと身悶えした。
「ぬ、主さまと…私が…今日…夫婦に…?」
――ずっと望んでいたことだ。
けれど人の自分が先に死ぬのは決まっていたし、主さまを悲しませてしまうことがいやだった。
そして自分が死んだ後…主さまが知らない女と夫婦になって、自分との思い出が色あせていくことも…いやだった。
だけど、もう違う。
ずっと一緒に生きてゆけるとわかったのだから、今日主さまと夫婦になって…子に恵まれて、後を継いだら主さまと四六時中一緒に居られる――
「私…お風呂に入らなくちゃ!綺麗にして…“綺麗だ”って言ってもらうの!」
…とてもそんなことは言いそうにはないけれど、想像しただけでかっかっしてきて、自室を出た息吹は縁側で寝転んでいた銀の背後に忍び寄っていきなり尻尾をわしづかみにした。
「おお?息吹か、もう十六夜は百鬼夜行に出たのか?では俺も行かねば」
「銀さん!百鬼に加わったんだね!で…、な、なんで主さまが来たの知ってるのっ!?」
「晴明と派手な喧嘩をしたらしいからな。あいつらが真っ向勝負をするからにはそれなりの理由があったんだろう。ちなみにそれなりの理由というのは当然お前のことだ」
「…父様…」
――大切に大切に育ててくれた晴明…
あと1年の猶予をゆっくり2人で過ごそうと約束したのに。
まるで晴明を裏切ってしまったような気分になった息吹が涙ぐむと、銀はむくりと起き上がって息吹の両手を握って子供をあやすように揺らした。
「いつまでもお前たちは親子だ。親子は夫婦より縁が深い。それを忘れてやるな」
「…うん…!」
いつまでも、親子だ。
幽玄町から連れ出してくれたあの日からずっと――

