主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

蛍が飛び交う庭。

すう、と差し出した人差し指に蛍が止まり、淡い点滅を繰り返して息吹の可憐でいて綺麗な顔を照らし出す。


「息吹、その綺麗なのを私にもおくれ」


池で泳いでいたなじみの人魚が蛍を欲しがり、池の前でしゃがんで人魚の髪に蛍をくっつけてやって笑い合い、

立ち上がると満天の星空を見上げた。


――主さまたちは息吹から目を離せなかった。


この懐にある絵は今までここ10年間とても大切にしてきたが、

今目の前に居る息吹を見てしまっては紙くずに等しく、思わず口を開いて話しかけそうになってしまった主さまをけん制するように晴明が口を開く。


「そういえば主さまは絵を大切にしていたね」


「…はい。主さまのとても大切な女の人で…今一緒に暮らしてるのかな…」


息吹が悲しそうに笑ったので山姫が無言で主さまを睨みつけ、居心地が悪くなった主さまの美貌が渋面になり、


淹れてくれた茶を口に運びながら晴明がうそぶいた。


「そうだねえ、妻にして一緒に暮らしているかもしれないね。お前は食われそうだったというのに」


「私は元々、主さまの気まぐれで10年育てられただけ。…食べ物として育てられただけだから」


――“今は違う!”とまた叫びそうになり、だが今の息吹の本音を晴明が自分に聞かせようとしてやっていることには気付いているので、

自身の右腕を左腕で押さえつけながら震える息で大きく深呼吸をして理性を呼び戻す。


「私を恨んでいるかい?主さまの傍に居たかったんだろう?」


少し三白眼気味の瞳を揺らせた晴明の前に息吹が戻って来て座ると、膝の上の手をきゅっと握った。


「ううん。あそこにあのまま居れば私は食べられてたし…それに…」


「それに?」


さらりと髪を揺らしながら顔を上げた息吹の回りを、室内に入って来た蛍が照らし出して、幽玄の美を作った。



「主さまはあの絵の女の人と一緒に暮らすつもりだったはずだから…私はいずれ邪魔になったはず。だから…いいの。父様、助けてくれてありがとう」



…狂おしい。


“あの絵はお前だ”と言いたいのに…

こんなに近くに居るのに、触れられない。