主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「…息吹」


誰かに呼びかけられてうたた寝から目覚めた息吹がうっすら瞳を開けると、傍らにはさっき別れたばかりの主さまが座っていた。

まだ寝ぼけていた息吹は裏庭側に目を遣り、もう薄暗くなっていることに気付いて、主さまが百鬼夜行の前に会いに来てくれたのだとわかってゆっくりと身体を起こした。


「主さま…ごめんね、寝ちゃってた…」


「…いや、いい。…お前に話があって来た」


「うん、なあに?」


薄暗い部屋の中――主さまの顔がとてつもなく強張っていてがちがちになっていたので、息吹は主さまが口を開くまでじっと待っていた。


だが5分…10分…30分経っても主さまは固まったままで、赤子も起きてしまったのであやそうと思って手を伸ばすと、その手を主さまに掴まれた。


「主さま?」


「…これで答えてくれ」


「?貝と…紙?」


机の上に置いていた巾着を開いて中から時々主さまと無言の会話をする時に使う1枚の白い貝と、『是』と『否』が書かれてある紙を取り出した主さまの唇は…震えていた。


「主さま…どうしたの?私…何かいけないことした?」


「…言う。息吹…正直に『是』か『否』で答えてくれ。いいな?」


「?うん」


主さまは1度大きく深呼吸をして、背筋を伸ばして居住まいを正すと息吹を真っ直ぐ見つめた。


「今夜…百鬼夜行が終わった後にお前の部屋に行く」


それは今までもしょっちゅうあったことなので、貝を『是』の上に置いた。


「今夜…俺は…お前を抱く」


「…え…?」


かくかくと顔を上げると、主さまは息吹をじっと見つめて、息吹の頬に手を伸ばした。



「お前を俺のものにする。肌を合わせて…真の夫婦になる。…俺を受け入れてくれるなら…『是』を選んでくれ」



…言われている意味が身体に染み込んでくるまで、時間がかかった。

その間主さまはずっと待ってくれていて、けれど顔は強張ったまま。


さすがの息吹にも主さまが言っている意味は理解できたし理解しようとしたけれど、唐突すぎて指が震えてきてしまって唇を震わせていると…主さまが頬から手を離した。


「…すまない、突然すぎた。…忘れてくれ」


「!ま、待って、主さま…っ」


――震える指を叱咤して息吹が貝を運んだ場所は…『是』。



「…息吹…」


「わ、私…待ってる。早く…来てね…」



真っ赤であろう顔を両手で覆って、小さな小さな声で主さまを送り出した。