主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

その“最大の難関”はいち早く危機を察知して、主さまの屋敷の前で止めた牛車から出るとすぐに裏庭に回り込んで主さまの部屋の前の縁側に座った。


座りつつ扇子を開いて優雅に顔を仰ぎつつ、主さまの部屋の障子をこつんと叩いた。


「息吹、父様だよ。そろそろ戻ろうか」


「えっ?」


…晴明としては日中まで猶予を与えていたのだが、返ってきた声は戸惑いと焦りが含まれていて、障子を開けて出て来た息吹の顔は名残惜しさに占領されていた。


「もう動けるようになっただろう?今度は私の屋敷に戻ってゆっくりしなさい。相模たちもそなたが戻って来るのを待っているよ」


「あ…、はい…。……主さま…私…帰るね」


「……ああ」


共に危機を乗り越えてますます絆が深まり、愛が深まって募った様子がよく伝わってきた。

だが晴明としてはまだ息吹を手放すつもりは毛頭なく、また1年間主さまを焦らして遊ぶつもりだったので、見て見ぬふりをするしかない。


だが…

部屋から出て来た主さまの顔にははっきりと“帰るな”と書かれてあった。


「…十六夜…」


「…なんだ」


「そなた…考えていることがだだ漏れだぞ。よもや1年を待たずして事に及んだのではなかろうな」


「ち、父様!」


「…それは無い。そんなことをすればお前に何をされるかよくわかっているつもりだ」


縁側に座って小さな息をついた主さまは明らかに意気消沈していたが、息吹にぽかぽか胸を叩かれて無言の非難をされた晴明は、その小さな肩を抱いてにっこりと微笑んでみせた。


「ではまた明日」


「…晴明」


主さまから呼び止められて振り返った晴明は、主さまが何故か小さく笑っているので眉をひそめて次の言葉を待った。



「やっぱり山姫はやれない」


「……なに?」


「雪男不在の中、山姫までは手放せない。俺が百鬼夜行に出ている間、ここを守ってもらわなければならないからな。…ということで、山姫のことは諦めてくれ」



思いがけない反撃に一瞬言葉に詰まった晴明の表情がみるみる険しくなった。


「わ、私、先に牛車に乗ってるね!」


怖がった息吹が止める間もなく居なくなってしまうと、だらりと下げた晴明の指が印を作ったのを見た主さまは、ゆっくりと腰を上げた。


「…やるか?」


譲れないものを手に入れるために――