主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

苦しそうでつらそうにうずくまって耐えている息吹に向かって歩き出した雪男の身体からぼたぼたと水滴が滴り落ちた。


…身体が、溶け始めている。


どんな理由であっても百鬼が欠けることをけして許さない主さまが手を伸ばして雪男の袖を掴もうとしたが、逆に主さまの袖を掴んで止めたのは…晴明だった。


「…やめておけ」


「離せ!雪男が死んでしまう!」


「あれはあれの覚悟を決めて息吹を救おうとしている。そなたのいちかばちかの賭けよりも1度の衝撃で息吹の意識を鮮明にさせるには十分な効果がある」


「雪男の命を使ってか!?馬鹿を言うな!…氷樹が悲しむ!」


――主さまと晴明が言い争いをしている間にも雪男は前進し続けて、視界が霞んで前が見えなくなりながらも、なんとか顔を上げて見上げてきた息吹に笑いかけた。



「息吹…俺が助けてやる」


「駄目…雪ちゃん、溶けちゃう…!来ないで…っ」


「俺が最期の力でお前に全部力を分けてやるから。身体が芯まで冷えるかもしんねえけど…頑張れよ。お前に絶対に幸せになってもらわなきゃ…俺…浮かばれねえから」


「駄目…駄目ぇ…!」



息吹の前で膝を折った雪男は、百鬼の皆が口々に制止する声に少し気分が良くなって、皆に手を振った。



「じゃあな、みんな。俺…逝くけど、生まれ変わったらまた母さんから生まれて、みんなと一緒に居たい。そう願いながら…逝くよ」


「やめろ雪男ー!早まるな!きっと方法があるはずだ!」


「へへ、俺が息吹を救うんだぜ。主さまじゃなくて、俺が。息吹、俺のこと…覚えててくれよな。じゃあ…行くぞ」


「雪ちゃん…、雪ちゃん…っ!」



暴れ狂う阿修羅を止めるのに精一杯な息吹の身体を、万感の想いを込めて抱きしめた。


業火の熱は想像しているほどに熱くなく、熱く感じたのは一瞬のことだった。



「雪ちゃん!雪ちゃん!!雪ちゃぁああん!!!!!」



息吹が絶叫を上げる中――



雪男の身体は氷から水になり、そして蒸発して…消えていった。


最期の最期まで…雪男は、笑顔だった。


息吹を救うことができるのは自分だと信じて――溶けて、消えていった。


「雪ちゃん…いやぁああーっ!!!」


絶叫が、木霊した。